中国に対してはっきりとモノをいうことの重要性・必要性が、今ほど高まっている時はない。北京冬期オリンピック開幕まで2か月を切り、米国、豪州、カナダ、英国は、新疆ウイグル自治区でのウイグル人に対する迫害、弾圧などに抗議して「外交的ボイコット」を表明した。日本政府も自由で開かれた民主主義陣営の一員として旗幟鮮明に態度を表明することが求められ、中国に阿って曖昧な態度をとるべきではない。
米国のバイデン大統領は、台湾を含む世界110か国に参加を呼びかけ、中国とロシアという専制主義国家に対抗する「民主主義サミット」を9日、オンラインで開催した。これに対抗して中国国務院は中国的民主主議があることを訴える「中国民主」白書を発表し、中国外交部は米国の民主主義の実態を批判する「美国民主情況」をオンライン上で公表した。しかし、中国が他国をいかに批判しようとも、中国政府自身がウイグル人やチベット人、モンゴル人に対して行っている残虐な迫害行為、香港に対する市民的権利の剥奪・蹂躙、民主主義の優等生である台湾に対して行っている軍事的脅迫等々は、事実として否定しようもなく、隠しようがないことに変わりはない。まず、これらの人類に対する犯罪的な行為の事実を中国が率直に認め、平和の祭典オリンピックを自ら主催できる資格があるのかどうかを真摯に反省すべきだ。
そうしたなか、安倍晋三元総理が行った台湾演説が注目されている。安倍氏は12月1日、台湾の国策研究院が主催したIMPACTフォーラムに招待され、「新時代の日台関係」と題するオンライン講演を行った。講演の内容は<Youtubeあべ晋三チャンネル「キーノートスピーチ インパクトフォーラム」>で確認できる。
そのなかで安倍氏は以下のように述べている。大手メディアがどこも伝えていない発言の趣旨を詳しく伝えたいので、長い引用になることをお赦しいただきたい。
<日本と台湾がこれから直面する環境は、緊張をはらんだものになるでしょう。
こんな時は自由で開かれた民主主義の枠組みに自分たちをしっかりと結びつける、その努力を行うことが肝心です。>
<では台湾と日本はどうすべきでしょうか。台湾が取るべき政策について何かをいうつもりはありません。ここでは1点、自由と民主主義、人権と法の支配という普遍的価値の旗を高く掲げて、世界中の人からよく見えるようその旗をはためかす必要がある、とだけ申し上げます。>
<次に、中国にどう自制を求めるべきか?私は総理大臣として習近平主席に会うたびごとに尖閣諸島を防衛する日本の意図を見誤らないようにと、といいました。その意思は確固たるものである、と明確に伝えました。尖閣諸島や先島、与那国島は台湾からものの100km程度しか離れていません。台湾への武力侵攻は、地理的空間的に必ず日本の国土に対する重大な危険を引き起こさざるを得ません。台湾有事、それは日本有事です。すなわちそれは日米同盟の有事でもあります。こうした認識を北京の人々、とりわけ習近平主席は断じて見誤るべきではありません。>
<世界の歴史は、戦争がいつどんなときに起きるか教えてくれます。自分の都合に合わせて相手の意思を軽視したり、誤解したりすると、軍事的冒険に対するハードルが下がります。そうなることを防ぐため、私たちは自分自身の能力を高め、確固たる意思を示していく必要があります。
それとともに、日本と台湾、そして民主主義を奉じるすべての国々は習近平主席と中国共産党のリーダーたちに繰り返し、誤った道に踏み込むなと訴え続ける必要があるのだと思います。軍事的冒険は経済的自殺への道でもある。中国は確かに巨大です。でも、世界の経済に深い関係を持っていますから、台湾に軍事的攻撃を仕掛けた場合、世界経済に重大な影響を及ぼさざるを得ません。すなわち中国は深手を負うことになるのです。私たちは経済力、軍事力を充実させ、力において決意を示し続けると同時に、理性の言語で中国に自国の国益を第一に考えるのなら、両岸関係には平和しかないということを繰り返し説いていかなければならないと思います。>
安倍氏の主張は明確である。民主主義や人権など普遍的な価値を共有する日本と台湾は、民主主義の旗を高く掲げてそれを世界に示し、中国が冒険や挑発に乗り出すことを阻止すること。そして、中国の武力による威嚇には断固として対峙する台湾と日本の、その決意と覚悟を見誤ってはならないと、習近平主席を名指しして釘を刺すことだった。
中国外交部は安倍氏の発言に直ちに反発し、1日深夜にもかかわらず、中国駐在の垂大使を呼び出し、「誤った道へ進むべきではない。さもなければ、火遊びをしてその火で自滅することになる」と警告した。
垂大使は中国側の抗議に対し「中国の一方的な主張は、受け入れられない」と主張し「台湾をめぐる状況について、日本国内にこうした見解もあるということを中国も理解しなければならない」と反論したという。
安倍氏は自民党最大派閥の清和会の領袖となり、総理在任時代とは異なり、外交安保政策についても自分の信念や理想を語ることができる自由を手に入れたのか、あるいは総理在任期間は朝日新聞をはじめとする各メディアが「森友・加計・桜」しか取り上げず、安倍氏の外交安保政策を冷静・重厚に分析しなかったために注目されなかっただけかもしれないが、台湾問題や対中国政策について、かなり踏み込んだ発言をしている。
講演のなかで安倍氏は、台湾が目指す環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への加入や世界保健機関(WHO)へのオブザーバー参加について全面的に支援する考えを示し、「台湾の国際的地位を一歩一歩向上させるお手伝いをしたい」と語った。
<(私は)安全保障や外交で、日本の戦略空間を拡大しようと試みてきました。同じ考えに従って台湾のTPP参加を支持します。ルールに基づく国際秩序を維持し、強くしていく上でTPPの果たす役割は重要です。台湾にはその参加資格が十二分に備わっている。私はそう思います。また医療、保健、気候変動、あるいは航空、通信、刑事犯罪・予防といった分野はあらゆる人にとって生き死に関わる重大な関心対象です。だというのに、国際場裏におけるこれらの問題に対する発言権は、何一つ台湾に認められていません。
本年2021年は、台湾がこのような状態になってちょうど50年を数えた年であります。よくも半世紀の長きにわたって隠忍自重、耐えてこられたと思います。
WHOのオブザーバー資格など可能の分野から、台湾はふさわしい発言権を手にしていくべきである、私はそのように考え、実践にむけ支援を惜しまないつもりです。>
一方、中国に対しては、安倍氏は以下のように発言している。
<中国は軍事費の増大を続けてやみません。これまで30年間に中国の軍事費は42倍に増えました。日本の防衛予算に対し、いまや4倍の規模に上ります。2049年に、北京は政権樹立100周年を祝います。それまで30年近く、この間に経済や軍事費が年率7%近く伸びたとすると、経済も軍事費も今の8倍になる。この先、ひと世代にあたる30年こそが、東アジアの、いや世界の歴史にとってもっとも重要で、危機に満ちた時代となります。
私たちに対する中国のアクションは技術的に高度になり、複雑になって、それは平時と戦時の境目をますます曖昧なものとするでしょう。
ドメインは宇宙区間に、サイバー空間に広がり、私たちがもつ社会インフラはつねに危険にさらされると思っておく必要があります。台湾の周辺には、といいますと、これは尖閣諸島、先島、与那国島など日本の領土領海には、と言っても同じ事ですが、空から海上・海中から中国はあらゆる種類の軍事的挑発を行うことを予想しておかなければなりません。>
安倍氏は「私は総理大臣としての在任中、一つには日本の戦略的空間を広げるために、また一つには中国に自制ある行動を促すためにさまざまな策をとってきました」として、防衛安保政策では、防衛予算の増額、最新鋭のF35戦闘機147機の導入。スタンドオフミサイルの開発と導入、与那国島、宮古島への陸自配備、日米の集団的自衛権の発動を可能にし、米軍の飛行機や艦船を自衛隊が守れるようにしたこと、20年前には年20回だった日米の共同演習を2020年には年49回まで増やしたことなどを上げた。
また中国を対象に、中国を拘束させるための新たな経済ルールとしては、データを国家が独占し管理しようという中国に対し、データはかつての石油と同じく産業の重要な基礎だという考えから、データの自由な流通を目指すData free with trustという構想を、安倍氏は2019年のG20大阪会議で提唱し、中国を含む参加各国が同意したこと。中国が進める「一帯一路」政策に合わせてAIIBアジアインフラ投資銀行を設立したことに対して、開発途上国のインフラ需要に対しても質の高いインフラを提供しなければとの考えから、インフラ投資の透明性、開放性、経済性、債務の持続可能性という4つの条件を提示し、この条件に見合うことができれば、日本も世界もさまざまなプロジェクトに協力して進めることができると提案し、同じくG20大阪サミットで中国にも認めさせたことを実績に挙げた。
もともとFIOP「自由で開かれたインド太平洋」やQUADの元になった「日米豪印のダイヤモンド構想」を提唱したのは安倍氏だった。
<私はインド太平洋という新しいコンセプトを打ち出したが、これを米国、豪州、インドなど世界中のいろいろな国が、使うようになりました。ここにかかる民主主義のネットワーク、それがクワッドです。米国は政権が変わっても私が打ち出した構想を引き続き採用してくれた。そればかりか首脳レベルに押し上げてくれたことを私は感謝しています。これらはすべてインド太平洋に、第1に航行の自由や法の支配、普遍的な価値の普及と定着を図りつつ、第2に質の高いインフラ整備を通じて連結性を高め、経済的繁栄を追求するとともに、第3には、海洋法の執行支援などを含む平和と安全のための協力を、志を同じくし、価値観を同じくする国々、人々と手を携えて、進めていこうとするものです。
そして普遍的価値を重視する私たちにとって、台湾こそはキーストーンである。そのことを強調したと思います。>
安倍氏は、「今生まれたばかりの幼子に美しい台湾、麗しい台湾を残し、台湾に根付いた民主主義を25年先には、もっと強く確かな力として残したい」と語り、次のような言葉で演説を締め括っている。
<そうなることは日本を含む自由と人権と民主主義、法の支配を尊ぶ国々と国際社会の共通の責務であります。まずはWHOへの参加など台湾の国際的地位を一歩一歩向上させるお手伝いをしたい。強い台湾、伸びる台湾、自由で人々に人権を与える台湾は日本の利益であり、全体の利益でもあるからです。>
台湾の危機に際して、そして世界の目が集まる北京オリンピック開催に際して、岸田首相、林外相、そして連立政権の公明党山口代表など日本の政治家が何の行動も起さず、中国に対して沈黙して何も言わないことは、世界の民主主義陣営に対して誤ったメッセージを与えることであり、決して許されることではない。
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