16世紀、海上から台湾の島影を初めて認めたポルトガルの船員は「Ilha Formosa(何と美しい島か)」と叫んだ。それ以来、台湾は「美麗島」「福爾摩沙(フォルモサ)」と麗しい名前で知られるようになる。その台湾を、自転車で一周する『環島』(フアンタオ)がいま一大ブームとなっているという。NHKのBSドキュメント「激動の世界をゆく」の台湾特集「モザイク模様の島をめぐる」(11月19日放送)で紹介されたほか、女優でエッセイストの一青妙(ひととたえ)さんが自らのサイクリングツアー体験を一冊の本(『「環島」ぐるっと台湾一周の旅』東洋経済17年11月)にまとめ、台湾の魅力を味わい尽くす旅の醍醐味を伝えている。
台湾には、島の外周に沿って全長939kmの自転車専用道路「環島1号線」が2015年に整備された。ここを8泊9日間で駆け抜けるのが自転車による「環島」だが、単独でのサイクリングより、ツアー会社の手配で30~40人がグループを作り、サポートスタッフの自転車やサポートカーに前後を守られて集団で走行するのが人気だという。ほぼ20kmごとに「鉄馬駅站」という休憩所(自転車専用「道の駅」?)が置かれ、コンビニやお寺(廟)もトイレを提供するほか、多くの警察署には宿泊施設も兼ねた「鉄馬駅站」が併設されていて、サポート体制は充実している。
未体験の身で語るのはおこがましいが、自転車で台湾を一周するツアーの魅力は、想像するに、何といっても豊かな自然、風や海の匂いを含めて変化に富んだ風景、そこに暮らす人々との触れ合い、さまざまな地元料理や果物、文化と歴史などを、等身大で実感できるところにあるようだ。「環島」を題材にしてヒットした映画やCMなどの影響もあって、台湾の人々にとって「環島」とは、一生に一度は果たすべき人生のチャレンジ、本当の台湾人に生まれ変わるための通過儀礼、あるいは「お遍路さん」にも通じる台湾人としての自分を見つめ直すための旅、なのかもしれない。
かつて国民党政権下の台湾では、「首都はいまだに南京にある」と教えられるなど、歴史や地理の教科書はすべて大陸中心で、台湾に関する記述はまったくなかった。台湾の子供たちに台湾の歴史や地理を教える教科書『認識台湾』が登場したのは、李登輝総統が初の民主選挙で選ばれた1996年のことである。そうした反動もあるのかもしれないが、いまの「環島」ブームは、台湾を再認識し、郷土愛に目覚める国民運動、愛国主義的な一大ムーブメントといった雰囲気さえ漂わせている。
そうした「環島」ブームを背景に、台湾人自身が台湾の持つ魅力や価値に目覚め、自分たちが生まれ育った台湾を大切にしようという台湾人意識は大いに高まりを見せている。その一方で、緊迫する北朝鮮情勢の影に隠れてそれほど注目されているとはいえないが、中国と台湾の関係は、ここに来てなにやらきな臭いことばかりだ。
<台湾を一周する空軍機や空母の遠洋訓練が常態化>
2017年12月11日、中国空軍のH6爆撃機2機とSu-30戦闘機2機などの編隊がバシー海峡を抜けて太平洋に出て、その後、宮古海峡から中国大陸側に戻る経路で飛行した。中国空軍は翌12日、台湾の玉山とみられる頂きを背景に飛ぶH6などの映像を公開し「(台湾)島を一周する飛行」を実施したとわざわざ発表した。
中国空軍は、宮古海峡とバシー海峡を抜けて西太平洋に進出する「遠洋訓練」を15年から頻繁に実施している。台湾の国防部によると、中国軍機の台湾周辺への飛行は2015年の6回、16年の8回から17年には計20回に急増、そのうち10回は10月に開かれた中国共産党大会以降に集中している。中国国防省の報道官は、17年7月、中国空軍機が台湾周辺を飛行したことについて「大騒ぎしたり、深読みしたりせず、慣れれば良い」とする談話を発表し、遠洋訓練の常態化を宣言していた。
中国海軍の空母「遼寧」は2012年10月の就役後、2016年12月に初めて宮古海峡を通過して西太平洋に進出し、その後、南シナ海まで遠洋航海をした。そのあとも17年7月に台湾海峡を通過して南シナ海に進出したほか、今年の1月4日にも、駆逐艦や補給艦など4隻以上の随伴艦を伴って舟山列島沖を通過し、台湾海峡を南に航行しているのが台湾国防部によって確認されている。その直後の10~11日には、宮古島や尖閣諸島大正島の接続海域を潜没したまま航行する潜水艦が見つかった。その後、わざわざ浮上して、中国の「商」級攻撃型原潜であることを見せつけた。この新型原潜は空母「遼寧」に随伴していたのかもしれない。こうした動きをみても、台湾周辺海域では中国の原潜の活動が常態化しているものと思われる。
<事前協議経ずに海峡中間線の航空路を中国側が使用開始>
年明けの1月4日、中国当局は台湾との事前協議もなく、台湾海峡の中間線に極めて近い航空路など4つの航路の運用を一方的に開始した。台湾と中国は2015年1月から3カ月の協議を経て、台湾海峡の中間線近くを平行する航路(M503)と中国大陸3都市を結ぶそれぞれの航路(W121,W122,W123)をしばらくの間は運用しないと合意していた。台湾海峡中間線の西側は上海飛行情報区、東側は台北飛行情報区が管轄する空域となっている。新規航路の開設は近隣管区と調整するのは当然のことで、中国による一方的な航路開設は、国際民間航空機関(ICAO)の規定など国際的慣例に背いている。台湾の行政院大陸委員会は4日、声明を発表して「民間航路の名を借りて台湾に対する政治的、さらには軍事的な企てを隠すものであり、台湾海峡の現状を変更しようとする意図が疑われる」として大陸側に厳重な抗議を行った。
台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表も「日本と台湾の間には毎週約700便の定期便が飛行しており、日本から香港や東南アジア方面を結ぶ航空路線の多くも台湾付近を飛行する。(中略)一方的な航路開設は、台湾海峡における緊張が高まるばかりでなく、東アジア全体を巻き込む事態に発展する恐れもある」と警告している。
(「台湾海峡の航空安全、日本と東アジアに直結」産経新聞への寄稿18/01/18)
<台湾などを標的に新型ミサイル600基を配備>
中国の新型短距離弾道ミサイル「東風(DF)16」が台湾や沖縄、グアムなどの米軍基地に向けて配備されていることも明らかになった。台湾国防部による立法院への報告によると、「東風(DF)16」の射程は800~1000km、台湾海峡をはさんで対岸の中国福建省などに300基から600基が配備され、標的への着弾の誤差は10m以内とされるほど正確で、台湾全土を精密攻撃することができるとされる。またミサイル防衛(MD)システムを突破する能力もあるとされ、台湾や日本にも配備されている地対空誘導弾パトリオット(PAC3)などのMDシステムが無力化される可能性もあるため、大きな軍事的脅威となっている。 (「中国新型短距離弾道ミサイル 台湾と在日米軍基地に向け配備」2017/3/27 NEWSポストセブン)
去年12月、米国海軍艦船の高雄など台湾の港への寄港と台湾海軍艦船の米国港湾への寄港が承認された。トランプ大統領の署名によって「2018会計年度国防授権法」が成立したことによる。国防授権法の成立に対して、在米中国大使館の李克新公使は、「米国艦船が台湾に寄港すれば、中国が定めた『反国家分裂法』が直ちに適用され、中国人民解放軍は武力による台湾統一を実現する」と断言した。
香港の新聞サウスチャイナ・モーニングポストは、台湾問題に対する中国の強硬姿勢に関する記事を立て続けて掲載した、そのうち「2018年、中国は台湾独立運動の高まりによる混乱を警戒する(Beijing warns of pro-independence turmoil in ties with Taipei in 2018)」と題した記事からは、蔡英文総統がいわゆる「92年コンセンサス(92共識)」、中国共産党と台湾の国民党が1992年に「一つの中国」で互いに一致したとされる合意の確認を拒否していることに、中国は相当にいらだっていることが分かる。中国国務院台湾事務弁公室の張志軍主任は「われわれはいかなる形の台湾独立運動、分離運動でもためらわず対抗し、平和的統一を先延ばしすることにも黙っていることはない」と発言している。つまり、「一つの中国」を認めず先延ばしを図る蔡英文政権の現状維持政策に対しては、強行措置もはばからないと宣言している。
もう一つの記事、政治評論家・鄧聿文Deng Yuwenによる「2020年は、中国が台湾を武力で台湾を取り戻す年になるか(Is China planning to take Taiwan by force in 2020?)」では、「中国は、台湾とは武力統一しかないとますます考えるようになっている。問題は、それをいつ実行に移すかだ。その時間表(タイムテーブル)も次第にはっきりしてきて、2020年がそのチャンスの年だ」という。2018年の末には統一地方選挙が行われ、2020年には、蔡英文総統が2期目を狙う総統選挙も行なわれる。中国の圧力や威嚇に負けて、台湾の民心が揺らぎ政治状況が不安定になれば、それを口実に中国軍がどんな行動に出るか、分からない。
米国のトランプ政権は、中国を共存できる相手というより押さえ込むべき相手だと考えている。そのトランプ政権が台湾との関係強化を図っていることが、かえって早期の武力統一が必要だという中国の焦りにもつながっている。台湾に対しては武力統一をちらつかせて威嚇するか、手ごろな戦争を仕掛けて降伏を誘うのが手っ取り早いと考える中国人は多い。
冒頭でも触れたが、台湾では麗しい郷土と自然をこよなく愛し、台湾に生まれたことを誇りに思い、自分たちの民主的な政治や社会制度にますます自信をもち、何不自由なく思うがままに人生を送り、こころ豊かに暮らす人々ばかりだ。それに引き換え、中国大陸では人間的な暮らしも難しいほどの水や空気の汚染にあえぎ、もう二度とあとには戻れないほどの環境汚染、基本的人権の迫害や宗教の弾圧、役人の腐敗と暴力などに耐え、ネット社会や言論空間での息苦しいほどの監視社会に怯え、人々は中国に生まれたことそのものを呪いながら生きている。
習近平は「中国の夢」を唱え、中華帝国のかつての栄光を取り戻し、世界の覇権を握ることを目標にしている。そのためには何よりもまず台湾との統一が必要であり、習自身はその実現を自らのレガシー・歴史的業績とするつもりだ。取るに足らない、つまらない男の自己満足のために、平和に暮らす台湾の2350万人もの人々が犠牲になることなど、あっていいはずがない。こころ豊かに幸せに暮らす台湾の人々が、心の貧しい不幸な人たちの下で虐げられることなど、許されていい訳がない。なにより哀れなのは、13億もの人民が、こんな取るに足らない男のいいなりになり、何の取り柄もないつまらない男を「核心」指導者だと担ぎ、つき従う姿だ。一般の中国人がどう理解しているかは知らないが、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」などという訳の分からない教条を持ち上げ、ついしょうする共産党員や「知識人」の連中の頭の中身を疑う。
台湾出身の評論家・黄文雄さんに言わせると「台湾問題は21世紀の人類の最後にして最大の課題」だという。台湾が中国の手に下れば、その次は沖縄、日本が狙われ、いずれはインド太平洋が中国の覇権のもとに入るかもしれない。台湾の人々が直面する課題、中国との状況に、我々日本人はもっと関心を注ぎ、暖かい目で見守る必要がある。
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