先の日韓首脳会談(5月8日)での合意を受けて、東京電力福島第1原子力発電所から海洋放出される予定の「処理水」について、その処理過程や放出ルートに関する韓国専門家20人による現地視察が5月23日から4日間に渡って行われることになった。
「視察」ではなく「検証」にこだわる韓国
韓国専門家による視察について、西村康稔経済産業相は「安全性について(韓国側が独自に)評価や確認を行うわけではない」とし「あくまでも韓国側の理解を深めるための対応だ」と説明した。日韓の局長級による事前の実務協議が12日、ソウルで12時間にわたって行われたが、この席でも処理水の処理過程と海洋放出のための施設を見学し説明を受けるだけとされ、韓国側が直接、設備に触れたり、何か手を下して介入することはなく、文字通りの「視察」に終わるだけとみられる。
そのため、韓国の左派系野党や環境団体からは、今回の「視察」が日本政府の処理水放出に関する政策決定に介入できるレベルではなく、かえって処理水放出に向けて日本政府に「お墨付き」や「免罪符」を与えかねないという「危惧」の声も出ている。
これについて文政権下で国家情報院長を務めた朴智元(パク・チウォン)氏は、もっと辛辣に「視察団が(現場に)行って『アンニョンハセヨ(=こんにちは)汚染水』と言って帰ってきてはいけない」、つまり、海洋放出を中止させるための「検証」であるべきだという。主権を持つ日本の政策決定に対するまさに内政干渉といってもいいレベルの主張であることに間違いない。
(中央日報5・9「朴智元元国情院長、福島汚染水視察に『こんにちは汚染水』ではいけない」)
いくら説明しデータを提供しても不十分?
韓国外交部(省)はこれまでも福島第一原発の処理水と海洋放出に関するデータが日本から開示されていないと主張し続けてきた。しかし、韓国駐在の日本大使館の担当者は100回以上も関連のデータ資料を提供し、事あるごとに説明してきたとしている。それにも関わらず、国内向けには「日本政府の説明は不十分だ」とする態度を貫いてきたのは、この問題を科学的に扱うのではなく、政治的、外交的に利用しようという目的があるためであることは明らかだ。
そもそも「多核種除去設備」=ALPS(Advanced Liquid Processing System)とは、フランスのラ・アーグ再処理工場で最初に造られたもので、福島では東芝や日立の処理設備が使われているようだが、62種もの放射性物質を除去するためには、それぞれの核種を除去するためのさまざまなノウハウがあるはずで、そうした企業秘密を韓国にすべて開示しなければならない理由もない。
そうした設備で処理された結果としての「処理水」の「安全性」を検証するのはIAEA国際原子力機関の専門家チームであり、それには韓国の専門家も参加し、検証のために提供された「処理水」や福島沿岸で採取された魚介類の検体は韓国側にも提供され、分析が行われたとされる。
結局IAEAも日本政府も信用しないということ
韓国側は、それでもあくまで自分たちが自主的に処理水の安全性を「検証」するというポーズを国民に見せている。韓国の原子力規制機関のトップ・劉国熙(ユ・グクヒ)原子力安全委員会委員長は、視察団の派遣について「単に日本側の説明だけを聞きに行くのではない」とし、日本側に直接、疑問点を確認すると説明した。さらに海洋水産部の次官は「(IAEAの公式検証とは)別に日本の汚染水浄化設備がまともに作動するかについて追加の点検が必要だ」とし、12日の実務者会議でも韓国側は▼ALPSをはじめとする浄化設備の機能▼汚染水浄化過程観測力量▼汚染水放出関連施設運営現況などを視察団が点検すべきという点を強調したという。
<中央日報5/15「『説明』と強調する日本 『準検証』を望む韓国…視察団めぐり追加協議へ」>
要するに、日本の経産省・原子力規制委員会や東京電力が行っている排水処理のプロセス、さらにはIAEAが行う検証についても信用できないと公言しているわけで、韓国が信用し納得するためには、韓国側の役人が福島原発の現場に張り付き、これから永遠に24時間水質をモニターする役目を負わないかぎり不可能だということになる。
汚染水と処理水を区別しない韓国の論理矛盾
ところで面白いことに、日韓首脳会談で福島第一原発への韓国側視察団の受け入れが決まった途端、それまで一貫して「汚染水」と言い、「処理水」という表記は拒否してきたものを、韓国外交部や政権与党の「国民の力」、それに中央日報や朝鮮日報など保守系メディアは一斉に「処理水」あるいは「汚染処理水」「処理済み汚染水」などと言い換え、表記し始めた。
従来から「汚染水」と「処理水」を区別せず、韓国政府の方針として「汚染水」を正式な呼称とし、それにKBSなど韓国メディアも従ってきた。しかし「汚染水」と称するのは、日本への対抗措置として福島原発問題を材料に取り上げるための韓国側の勝手なロジックだった。
しかし、韓国の視察団が実際に現地を視察し、処理過程を「検証」したとすると、処理したのちにトリチウムを除く放射性物質を除去したあとの水もこれまで同様にあくまでも「汚染水」と言い続けることは、何の「検証」もしたことにならず、もはや論理矛盾に陥ることになる。トリチウムを除く放射性物質が取り除かれた処理後の水だと説明するために、今から予防線を張っているのかもしれない。
韓国専門家「恐怖を植え付けるのは詐欺に等しい」
それだけではない。韓国のメディアが処理水の海洋放出のニュースを扱うときには、処理水に含まれるトリチウムが韓国周辺の海域に今にも流れ着き、韓国人の食卓に上がる海産物もすでに汚染されているといったような恐怖を植え付ける論調が目立った。しかし、韓国の視察団の福島訪問が決まった直後から科学の専門家が処理水が環境に与える影響を科学的に論じ、冷静に対処するよう呼びかける寄稿文やコラムが掲載されるようになった。
例えば朝鮮日報5月12日付の「福島第一原発、恐怖ではなく科学を」と題した放射線防御学会放射線安全文化研究所のイ・ジェギ所長の寄稿文では、「実際のところ福島第一原発に保管されている三重水素(トリチウム)の放射能総量そのものが懸念するほどのレベルではない」として次のように説明する。
「現在福島第一原発に保管されているトリチウムは全体で780兆ベクレルだが、自然界で宇宙からの放射線が大気圏で核反応を起こして生成される三重水素の放射能は毎年6京(兆の1万倍)ベクレルだ。」
東海(日本海)に1年間に降る雨の量は大体1000兆リットルだが、その中に含まれるトリチウムは1000兆ベクレルに相当する。この量は今福島第一原発に貯蔵されているトリチウム780兆ベクレルを上回っている。1年に日本海に降る雨水のトリチウムの量を30年かけて太平洋に放流した場合、これが魚介類に及ぼす影響は。最初から話にならないレベルだ」とし、野党などが自らの目的を達成するために放射能の恐怖を国民に植え付けるのは、「いわば詐欺に近い主張だ」とさえ断じている。
また中央日報5月14日付、KAIST韓国科学技術院原子力・量子工学科のチョン・ヨンフン教授によるコラム「【福島汚染水は安全か】韓国専門家が分析…放流水1リットル飲んだ場合の被爆量はバナナ8本食べるのと同じ」では、
「私たちが飲食するすべてのものには放射性物質が含まれている。例えばイオン飲料にはカリウムが入っており、放射性カリウムも自然に存在する。イオン飲料を1リットル飲んだ場合、被爆量は(福島処理水の海洋放出基準の)1500ベクレルのトリチウム水を摂取する時の被爆量と同じ水準だ。」
「放流口から出る水をそのまま汲んで1日2リットルずつ365日飲むならばトリチウムによる影響は清浄なアワビ1個を食べる時にアワビの中に存在する放射性ポロニウムによる被爆量と同じ水準だ。ポロニウムは自然放射能でトリチウムは人工放射能のため危険性が異なるというのは典型的な誤解だ。人工の野球のボールに当たれば負傷して自然の石に当たれば負傷しないだろうか。物体の種類と重さ、飛んでくる速度、当たった部位により負傷する水準が決まる。
「(原発から放出される)放射性ストロンチウムの放流基準は1リットル当たり30ベクレルで、その放流基準の水1リットルを飲んだとすればその被爆量はバナナ8本を食べる時と同じ。したがって放流基準さえクリアするならば放流口ですら影響がないもので、その後薄められた後には懸念することはない」ともいう。
「社説」はやっぱり「韓国国民感情が最優先」路線
そうした科学的で冷静な見解を紙面に乗せる一方で、社説では、そうした専門家の意見に寄り添うふりを装いつつ、科学的に安全であっても不安に思う韓国国民を安心させる義務は日本政府にあると主張し、相変わらず国民の不安心理を煽り立てる論調も目立つ。
例えば、朝鮮日報の5月8日付社説「福島処理水、科学優先だが国民感情にも配慮を」では、
「放射能はどこの国民でも恐怖の対象だ。国民の体感リスクは、実際のリスクとは全く異なることがある。特に政府当局者のささいな一言が国民の感情を刺激することがある。日本と関連した問題であればなおさらだ。(略)福島の汚染処理水問題はあくまでも科学的事実に基づき、冷静に処理する一方、政府当局者は薄氷を踏んで立っている気持ちで発言や行動に慎重であるべきだ」と主張する。
また中央日報5月11日付社説「福島汚染水の放出、国民の安心が優先だ」では、
「日本がいくら完璧に処理するといっても心理的に不安なのは事実だ。日本の近海で汚染された魚が、食物連鎖で人体に害を及ぼしかねないという声は依然として残る。科学的に安全であっても日本と最も近く、不安に思う韓国国民を安心させる義務は政府と日本にある。」
「政府は国民の懸念を払拭させるための徹底した検証を日本に求め、貫く必要がある。日本に寛大で「免罪符性視察」は、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政府の言う国益ではない。」とする。
どちらの社説も、何故か、大規模なデモに発展し、ろうそくデモの発祥となった2008年の狂牛病BSE騒動を例に挙げているが、韓国には、科学的にあり得ないことでも、それを検証する能力がなく、虚偽を拡散するだけのMBSなどの公営メディアが存在し、何の根拠もなく国民の不安心理を煽ったうえで、国民感情最優先だしてそれを利用する政治家や政治勢力が存在することを、彼らの歴史から学ばなければならない。慰安婦問題や徴用工問題もしかり、韓国国民が一度信じ込んでしまったものは、どんなに客観的な歴史的事実や科学的な根拠を提示しても、変えることはできないことを、われわれ日本人はこの間、身に染みて学習してきたはずだ。
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