中国「反スパイ法」の“誰でもどこでもスパイ”という恐ろしい中身

反スパイ法」制定の目的

中国の全人代常務委員会は4月26日、「中華人民共和国反間諜法」(反スパイ法)改訂案を可決、7月1日から実施されることになった。5月に入って改訂案の全文が公表され、その「天下の悪法」たる恐ろしい正体が明らかになった。

以下は石平氏のYoutubeチャンネル「中国週間ニュース解説」5月13日特番を参考に、「反スパイ法」の原文に当たり、改訂された内容を具体的に紹介する。

まず注目されるのは、この法律の目的を定めた「総則・第1条」は改正前の2014年制定の旧「反スパイ法」では「スパイ行為を防止、制止、処罰し、国家の安全を維持するため、憲法に基づき本法を制定する」(第一条 为了防范、制止和惩治间谍行为,维护国家安全,根据宪法,制定本法。)となっていたのが、今回の新しい法律の条文では「反スパイ活動を強化し、スパイ行為を防止、制止、処罰して国家の安全を維持し、人民の利益を保護するため、憲法に基づき本法を制定する」(第一条 为了加强反间谍工作,防范、制止和惩治间谍行为,维护国家安全,保护人民利益,根据宪法,制定本法。)となった。

どこが違うかといえば、これまでは「国家の安全」を守ることを目的にしてきたが、改正案ではそれに「人民の利益」を守ることが加わった。「人民の利益」といえば「国家の安全」より、はるかに広い意味を持ち、その範囲は曖昧で無制限といってもいい。反スパイ法の「制限なき適用」に理論的根拠を与えたと石平氏はいう。

「反スパイ法」の基本理念とは

第2条は反スパイ法の「基本理念」を定めたもので、新しい条文では「反スパイ活動は党中央による集中的統一指導を堅持し、総体的国家安全観を堅持する。(以下略)」という言葉が追加された。

習近平時代になって創作された「総体的な国家安全」とは何か?政治、経済、文化、科学技術、資源エネルギーなどを含む幅広い領域における国家安全保障を意味する包括的な概念だという。たとえば「文化の安全」とは具体的に何を指すのか?よく分からない。「人民の利益」と同様に「総体的な国家安全観」が基本理念に加えられることで、あらゆる分野と無限の範囲で「スパイ行為」の摘発が可能となる。

参考までにこの第2条について新旧の条文を比較できるように、以下に並べて掲げる。

(旧)「第二条 反间谍工作坚持中央统一领导,坚持公开工作与秘密工作相结合、专门工作与群众路线相结合、积极防御、依法惩治的原则。」(反スパイ工作は中央の統一指導を堅持し,公開的な活動と秘密工作の結合,専門工作と大衆路線の結合,積極的防御,法による処罰の原則を堅持する)

(新)「第二条 反间谍工作坚持党中央集中统一领导,坚持总体国家安全观,坚持公开工作与秘密工作相结合、专门工作与群众路线相结合,坚持积极防御、依法惩治、标本兼治,筑牢国家安全人民防线。」(反スパイ工作は党中央による集中的な統一指導と、総体的な国家安全観を堅持し、公開的な活動と秘密工作、専門工作と大衆路線を結合し、積極的な防御、法による処罰、標本兼治(末梢と根本を兼ねて治める)を堅持し、国家安全人民防衛線を堅固に構築する。)

何が「スパイ行為」になるのか

第4条では、具体的にどんな行為が「スパイ行為」になるかを定義している。

注目するのはその第4条3項で、旧「反スパイ法」では「国家機密と情報に対する窃取、探索、購入、不法提供」となっていた部分に、新たに「その他の国家の安全または利益に関わる文書、データ、資料、物品」が付け加えられたことだ。

通常、スパイ行為とは機密情報を不法に入手することだが、ここでは機密情報には含まれない文書や公開的なデータ、資料、(商品や部品などの)物品であっても、それが「国家の安全と利益に関わるもの」と認められれば、その入手、購入、提供はスパイ行為となる、ということを意味する。理論的には普通のビジネス活動や市場調査、商品や部品の購入もスパイ行為と見なされる危険性がある。極端な場合、観光客が古書店で一冊の文献を購入したり、商社マンが中国国内でサンプルの提供を受けた場合でも、当局がそれを「国家の安全と利益」に関わるものと判断すればスパイ行為が成立することになる。

<参考までに、改訂前と改訂後のこの部分は以下のように記述になっていた。

「スパイ行為」の定義に関する条文は、旧「反スパイ法」では「第48条3項」に、新「反スパイ法」では「第4条3項」に表示されている。以下、比較のため、新旧条文を掲げる。

(旧)反間諜法第48条3項

「(三)间谍组织及其代理人以外的其他境外机构、组织、个人实施或者指使、资助他人实施,或者境内机构、组织、个人与其相勾结实施的窃取、刺探、收买或者非法提供国家秘密或者情报,或者策动、引诱、收买国家工作人员叛变的活动。」(スパイ組織及びその代理人、その他の外国機関、組織、個人が実行、または他人を指示し、支援し、あるいは外国機関、組織、個人が結託して実行した国家秘密又は情報の窃盗、探索、買収または不法提供、又は国家工作員の反乱を策動、誘引、買収する行為)

(新)反間諜法第4条3項

「(三)间谍组织及其代理人以外的其他境外机构、组织、个人实施或者指使、资助他人实施,或者境内机构、组织、个人与其相勾结实施的窃取、刺探、收买、非法提供国家秘密、情报以及其他关系国家安全和利益的文件、数据、资料、物品,或者策动、引诱、胁迫、收买国家工作人员叛变的活动。」

(スパイ組織及びその代理人、その他の外国機関、組織、個人が実行、または他人を指示し、支援し、あるいは外国機関、組織、個人が結託して実行した国家機密、情報、及びその他の国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品に対する窃取、探索、購入、不法の窃盗、探索、買収または不法提供、又は国家工作員の反乱を策動、誘引、買収する行為)

要するに、この改訂「反スパイ法」が施行される7月1日以降は、中国を旅行、滞在する日本人や外国人は、「誰もがいつでもどこでも」スパイとして摘発され拘束される危険性が生じることになる。

通報・密告の義務化と報奨制度

さらに恐ろしいのはスパイ行為の通報・密告を国民に義務づけ、奨励していることだ。新しい「反スパイ法」の第9条には「反諜報工作を支持し、協力する個人及び組織を保護する。スパイ行為を申告し、反諜報工作に大きく貢献した個人と組織に対しては、国家の関連規定によって表彰と褒賞を与える。」(「第九条 国家对支持、协助反间谍工作的个人和组织给予保护。对举报间谍行为或者在反间谍工作中做出重大贡献的个人和组织,按照国家有关规定给予表彰和奖励。」とあり、

第16条には「いかなる市民や組織もスパイ行為を発見した場合、直ちに国家安全機関に申告しなければならず、公安機関など他国の機関や組織に申告した場合、該当国家機関や組織は直ちに国家安全機関に移送して処理しなければならない。国家安全機関は通報を受けるための電話、メールボックス、インターネットプラットフォームなどを社会に公開し、法によって通報情報を適時に処理し、通報者の秘密を保全しなければならない。」とある。

(第十六条 任何公民和组织发现间谍行为,应当及时向国家安全机关举报;向公安机关等其他国家机关、组织举报的,相关国家机关、组织应当立即移送国家安全机关处理。国家安全机关应当将受理举报的电话、信箱、网络平台等向社会公开,依法及时处理举报信息,并为举报人保密。)

つまり、通報・密告用の電話番号、メールボックス、ネットワークプラットホームの開設し、それを国民に周知・公開するように各地方の国家安全機関に義務づける条文が新たに追加された。同時に通報・密告者に対する表彰、報奨、保護の規定も付け加えられた。

いわゆる「反スパイ人民戦争」とでもいうべき全ての国民を動員した通報・密告運動の定着化、制度化が図られたことになる(石平氏)。

一方で「嘘の通報」に対する咎め、懲罰を定める条項がない。つまり、今後、報奨金目当てや、商売敵(がたき)やライバルつぶし、恨み・嫌がらせなど個人的な動機による虚偽の通報・密告が多発することも予想される。

嘘の通報・密告でも、スパイと指摘された人は公安機関の取り調べの対象となる。たとえ数時間でも当人にとっては相当の不利益であり、それが数週間から何か月も続いたら精神的にも肉体的にも「人生おしまい」という状況に追い込まれることになるかもしれない。

すでに外国籍の人のスパイ摘発は進んでいる

最近でも、日本の大手製薬メーカー、アステラス製薬の駐在員が反スパイ法違反の疑いで拘束され、取り調べを受けている。2014年に旧「反スパイ法」が制定されて以降、これまでに17人の日本人がスパイ活動への関与を疑われ拘束された。そのうち1人が病死し、11人は刑期を終えるなどして帰国しているが、今回拘束された日本人男性を含め5人がいまだに拘束されている。

また台湾の出版社の編集長がことし3月、母親が暮らす中国に戻ったところ拘束され取り調べを受けている。この出版社は日本の中国研究者の著作も翻訳出版している会社として知られ、日本や米国の中国専門家など350人の署名を集めて、中国政府に釈放を求める請願運動が起きている。

さらにモンゴル・ウランバートルでは、南(内)モンゴル出身のモンゴル人小説家が中国の「海外警察」とみられる公安関係者に拉致され、そのまま陸路、国境を越えて内モンゴルに連行され拘束されるという事案も発生している。

外国籍の人に対してお構いなしの蛮行が続いている。「誰でもいつでもスパイにされる」という状況の中で、自分の身を守るための唯一の方法は「中国には行かない」ということしかなくなる。

ところで、今回改定される前の従来の「反スパイ法」は2014年に制定されたが、それまでは2009年に制定された「国家安全法」がスパイ行為を取り締まる法律だった。その第4条には「国家の安全に危害を及ぼす行為」として次の各項目が掲げられている。

一) 政府転覆を企て、国を分裂させ、社会主義制度を転覆させること。

(二)スパイ組織に参加し、又はスパイ組織及びその代理人の任務を受けること。

(三)国家秘密を窃取、探索、買収、不法に提供すること。

(四)国家工作員の反乱を策動、誘引、買収すること。

(五)国家の安全を害するその他の破壊活動を行うこと。

これならば、至って分かりやすい。要するに、習近平政権になってからは、普通の常識からは離れて、なにか特殊な論理を身にまとう結果となり、外国から見た場合、ますます理解不能な状況に陥り、いよいよ付き合いづらい国になった気がする。

参考までに中国語原文を示す。

(第四条 任何组织和个人进行危害中华人民共和国国家安全的行为都必须受到法律追究。

本法所称危害国家安全的行为,是指境外机构、组织、个人实施或者指使、资助他人实施的、或者境内组织、个人与境外机构、组织、个人相勾结实施的下列危害中华人民共和国国家安全的行为:

(一)阴谋颠覆政府,分裂国家,推翻社会主义制度的;

(二)参加间谍组织或者接受间谍组织及其代理人的任务的;

(三)窃取、刺探、收买、非法提供国家秘密的;

(四)策动、勾引、收买国家工作人员叛变的;

(五)进行危害国家安全的其他破坏活动的。)

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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