東トルキスタン問題の源流

前回のコラムで、「東トルキスタン(新疆ウイグル)問題の国際化」が進んでいると書いた。今年7月から8月にかけて、米国の議会公聴会や国連の委員会、さらには欧米メディアでは、新疆ウイグルでの宗教弾圧、人権迫害問題が取り上げられ、200万人から300万人に及ぶ人々が「再教育キャンプ」と呼ばれる強制収容所に拘束されている実態が報告された。中国共産党政権は、新疆ウイグルからイスラムの伝統と文化を排除し、ウイグル人たちの無宗教化と中国化を図るだけでなく、最先端のデジタル技術を駆使してウイグル人の行動を監視し、法的根拠もなく拘束して自由を奪い、ウイグル人の民族浄化を狙っているのではないかと見られる。強権と武力による抑圧は、テロなど暴力的な反抗を誘発し、弾圧と報復の応酬が繰り返される恐れがある。まさに東トルキスタン問題のパレスチナ化である。

ウォールストリート・ジャーナル(8月17日付け記事)によると、ドイツのウイグル問題研究者アドリアン・ツェンツ氏は、中国共産党政権のウイグル人弾圧の歴史は1950年代まで溯るという。それによると、中国共産党政権はすでに1950年代から、ウイグル人などイスラム系の民族からイスラム教徒としてのアイデンティティー意識を抹殺するプログラムを実行し、例えば労働改造所などに何の法的根拠もないまま収容してきたという。またウイグル人の過激主義を抑えるための「教育を通じた転換」“transformation through education”という考え方は2014年ごろから実施され、2017年4月に「過激主義防止規則」“regulations on de-extremification.”が制定されて以降に、正式なプログラムとして新疆全域で実行されるようになった。

そして今、新疆全土に1300か所以上も設置された「再教育キャンプ」は、「次の段階に進んだことを意味する」とツェンツ氏はいう。「厳しい監視はコストがかかり、緊張が生じる。長期的な解決策としては、実際に人間を変えるしかない」(ウォールストリート・ジャーナル記事18/8/17)とみる。

21世紀のこの世界で、ナチスと同様の民族浄化や人間改造が、なぜ国家政策として推し進めることができるのか。その背景をさぐると1996年3月19日に秘密会議として開かれた「中共中央政治局常務委員会新疆工作拡大会議」にまで溯ることができる、というのが日本ウイグル連盟会長のトゥール・ムハメット氏の見方だ。

この秘密会議の中身は、のちに「1996年中共中央第7号文件」という内部紀要にまとめられ通達された。この文件は当初、極秘文書として中共政府の副大臣・副省長以上の高級幹部に伝達されただけだったが、2001年9・11(同時多発テロ事件)以降は、副県長レベルまでに公開され、さらに2009年「7・5ウルムチ暴動」以降は一般党員にもその存在が明らかにされている。つまり、ウイグル人によるテロの脅威が高まったと中共当局が見なすごとに、周知される範囲が拡大され、警戒を呼びかける文書として使われたのである。

なぜ、1996年という時点で、新疆工作をめぐって政治局拡大会議が開かれたのか、というと、当時は、旧ソ連が崩壊し、民族ごとに分かれたソ連邦の各自治共和国が次々に独立を果たしていたという背景があった。中共中央指導部にも、中国共産党が消滅すれば、チベットや東トルキスタン、南モンゴル、はては旧満州の東北部や香港はどうなるか、という危機感があったのは間違いない。

さて7号文件では、最初に「中央指導部の情勢認識」として、新疆がどういう状況に置かれているかを論じている。(以下、太字部分は、トゥール・ムハメット氏による要約、レジメを参考にした。矢印以下はムハメット氏の補足および筆者のコメント)。

それによると、当時の情勢として

① 新疆は社会的、政治的に概ね安定している。

② 豊富な資源を有する。

③ 周辺環境は我が方に最も有利な状況にある。

④ 数年間努力すれば、新疆は我が国の新しい成長センターになる可能性がある、

と評価し、これらは「有利な面」だとしている。

逆に「不利な面」として、以下をあげる。

① 民族分裂主義、非合法宗教活動は新疆の安定に影響を与える主な危険要因である。

② アメリカをはじめとする国際反動勢力は新疆内外の民族分裂活動を公然と支持している。

③ 国外の民族分裂組織の統合が強化され、新疆に対する浸透、煽動、破壊活動が活発化している。

④ 国内における非合法宗教活動は非常に活発になり、事件を起こしたり、党や政府機関を攻撃したり、爆発・テロなどの破壊活動が時々見られる。一部は公然と政府と対立している。

⑤ 党・政府の側に安定を維持する面で、弱い部分があった。

と指摘。そのうえで、

①新疆には顕在的、潜在的な危険要因が存在している。

②警戒を強めて、然るべき措置を講じなければ、比較的大規模な突発事件、場合によっては大規模な暴動、騒乱がおきる可能性があり、そのような場合は、新疆だけでなく、全国の安定にも影響する、と結論づけた。

→中共政権は従来、ウイグル人をソビエトにつかせないために工作してきた。つまりウイグルの危険はソ連方面から来るという認識だった。しかし、そのソ連が崩壊し、ソ連はもはや脅威ではなくなった。代わりに危険要因となったのがウイグル人の「民族分裂主義、非合法宗教活動」ということになった。「七号文件」の通達後、中共「新疆ウイグル自治区」委員会は、東トルキスタン全土で「厳打(厳しく弾圧する)」キャンペーンを展開した。民族的な娯楽や集会も厳しく弾圧され、無実の宗教学生を逮捕するなどの非道に対してウイグル人らが抗議の声を上げた。7号文件が出された翌年1997年2月に起きたのが、グルジャ事件である。グルジャのウイグル人による平和的な抗議デモに対して軍や警察が発砲、軍犬に襲撃させたり、極寒の中で放水を浴びせたりするなどして、死者は200人、逮捕者は4000人とも言われる。中共政府は当時、「この騒乱事件は“東トルキスタンイスラム運動”のテロ組織が計画したものだ」と断じたが、厳打キャンペーンに対する抗議行動であったことは明らかだ。さらに2001年の米同時多発テロ事件以降、「イスラム過激主義」がクローズアップされると、新疆ウイグルでは「恐怖主義(テロリズム)、分裂主義、宗教的極端主義」といういわゆる「三股(さんこ)勢力」の撲滅キャンペーンが行われた。こうした危険要因を除去しなければならないというのが、現在も進行しているウイグル人の大量拘束、「再教育キャンプ」など収容施設での強制収容ということになる。以下は分野別の対策・措置である。

党幹部強化策

○各級党組織、政府機構を強化する。特に郷以下の党組織の建設を強化。人民解放軍、生産建設兵団から幹部、戦士を選び、郷以下党組織の幹部に当てる。

○民族幹部をチャイナ本土で教育、訓練する。

○本土から党の信頼の厚い幹部を新疆に大量に派遣する。

○本土の大学生を大量に新疆に行くよう、政策を講じる。

○新疆からの幹部流出を防止する。

宗教工作措置

○地下宗教学校、個人塾で宗教教育を受けた人たちを一人一人登録し、厳しく管理すると同時に、一般の人たちに対しての教育を行う。法律に違反すれば法の裁きを与えること。

○政治的、社会的諸事項に対する宗教の干渉を強力な方法で阻止する。

○信者や聖職者に対する順法教育を強化する。

○系統的な教育によって若い世代の聖職者育成を強化する。

○郷以下のレベルの民族、宗教工作機関の健全化を図り、彼らの能力を向上させること。

プロパガンダ工作措置

○さまざまなプロパガンダ宣伝機関を利用し、マルクス主義的民族観、宗教観を植え付ける。

○祖国の統一を維持する思想を植え付ける

○漢族から少数民族は離れない、少数民族から漢族は離れない、という考えを植え付ける。

○党員、党幹部は徹底した無神論者となれ。彼らの宗教信仰や宗教活動は禁止される。信仰を堅持する者は離党してもらう。

○学校教育における宗教の影響は徹底して排除する。

○新疆の学校で海外との学術交流を行う活動は規制する。宗教など敏感な問題に関わる場合は国家教育省ならびに国家宗教局の許可が必要。

○海外留学の場合、彼らの政治的立場、実際の行動を検証して選別する。

○小中学校の海外交流は規制する。国境地域の小中学校生の海外留学は禁止する。

○政治的な背景があり、自費で留学する人に対しても、許可は厳しくする。

○文化、書籍雑誌市場、出版編集分野に対する管理を強化する。

→党員、党幹部は徹底的な無神論者になれと指示する。ウイグル人の党員や公務員には、豚肉を食べることや飲酒を強要する。それを拒否すれば、拘束し収容所で拷問にかけ、殺害することも厭わない。有名な大学教授は、刑務所から死体で出てきたが、そのとき頭が変形していた。頭を締め上げる拷問を受けたのだと思われる。

海外留学は2016年から格段に厳しくなり、海外にいる留学生を帰国させる措置も始まった。南新疆を中心に、住民が互いに監視する隣組のような体制を作っている。昔は10家族で一つのグループだったが、いまは3家族を一単位とし互いに監視する体制になっているという。

安全機関工作措置

○警察、国家安全(諜報)、検察、裁判所における指導部配置、幹部人員配置を再調整し、能力の強化を図る。

○警察、国家安全、人民解放軍情報部隊は協力を強化し、内外の敵対勢力の調査研究を行う。

○南新疆(カシュガルやホータンなど)を中心に、敏感問題情報ネットワークを構築し、深層的、内部的情報、事前に情報を発見する類いの情報入手を正しく行う。

○敵対勢力に対する偵察を行い、それに基づいて法によって彼らに打撃を与える

○国境警備、入国審査を強化し、国外の敵対勢力の武器弾薬、人員の入国、宣伝資料の侵入、内外分裂主義者の連絡を厳しく予防する。

新疆生産建設兵団の強化

○新疆生産建設兵団は新疆の安定を守る、国境地帯を発展させ、国境地帯の安全を守る信頼すべき重要な存在である。

○存在している問題を確実に解決し、本土から有能な若者を兵団に吸収して、兵団を発展させる。

○兵団の”軍事的“部分は国家予算で支える。

○兵団の社会的部分は特例として予算を組むことができる。

○国家は南新疆発展の際、兵団に特別な発展の機会を与える。

○兵団と農民・牧民との土地、水をめぐる争いは適切に解決するべきだ。

→新疆生産建設兵団は、「屯墾戍辺」つまり「西戎」(えびす)の地に進駐・駐屯し、開墾するいわば「屯田兵」であり、一朝有事には治安・国境警備も担当するが、通常は植民地支配の先兵としての役割を担っている。いまや農業用の水資源や原油など鉱物資源を独占し、新疆ウイグルの経済利権を牛耳る巨大企業集団(コングロマリット)となっている。(参考:2014年国務院新聞弁公室『新疆生産建設兵団の歴史と発展』白書)。去年2017年5月、その生産建設兵団の司令官で党副書記(劉新斉)が汚職で摘発されるなど腐敗の温床にもなっている。

新疆駐在人民解放軍の強化

○駐疆軍の数をさらに増やす

○軍は新疆の安定を守る基本的な機関。

○軍と地方、軍と警察、軍と民兵、軍と兵団、軍と武装警察との連携を強化する。

○軍は、新疆における指導権はかならず党、人民政府の手にあることを保障する存在。

→トゥール・ムハメット氏によると新疆生産建設兵団は現在350万人(中国当局は2013年時点で270万人と発表)、そのほかに人民解放軍の正規部隊が50万人、特殊部隊が15万人、さらに民兵組織もあるため、総兵力は500万人体制だとされる。習近平体制になってから「国家安全委員会」がつくられ、警察、人民解放軍、司法が統合され、体制が強化された。新疆全体で軍事管制が敷かれ、警察力と最新ハイテク技術を総動員した超監視社会と化している。

外交分野で工作を強化し民族分裂を阻止

○トルコ、カザフ、キルギスなどは民族分裂主義の重要拠点であることを重視し、外交手段によってこれらの国における分裂主義組織や活動の弱体化を図るために、これらの国との二国間強力を強化すると同時に、彼らに対する圧力をも強める。

○外交努力の目的は、いわゆる”東トルキスタン問題“の国際化の防止である。

○国外の分裂主義団体に対し、分断・離反を強化する。分裂主義者の大多数に説得し、少数の者の孤立と打撃を図る。

○中国人が多数居住する国や地域を中心に宣伝攻勢をかける。

○外交努力の目的は、分裂主義を最大限に弱体化させること。

→7号文件が出た直後に開かれた国際会議が、いわゆる「上海ファイブ」で、1996年4月、中国、ロシア、カザフ、キルギス、タジキスタンの5か国首脳が上海に集まり、国際テロや民族分離運動、宗教過激主義に共同で対処することなど協力強化を図った。のちの2001年6月に正式発足した上海協力機構SCOへと発展し、オブザーバーや対話パートナーを含めると中央アジアとユーラシア諸国のほとんどを糾合した国際組織、NATOに対抗する巨大軍事同盟組織となっている。トルコは、ウイグル人や東トルキスタンにとって重要な後ろ盾になる国で、ウイグルからの亡命者も多くあつまっているが、そのトルコは、NATO加盟国として唯一、SCOにも正式加盟を申請し、現在は対話パートナーということになっている。中国はそのトルコを取り込むため狙い撃ちにし、いまやエルドアン政権は中国べったりの状態になっている。7号文件で示された外交工作は、トルコに対しては中国の思い通りにうまく行っていると言えるのかも知れないが、「東トルキスタン問題の国際化の防止」という点では、前述のとおり最近の米国議会や国連人権委員会などで動きを見る限り、中国としては意図せざる方向に向かっていることは間違いない。

一方で日本国内でもウイグル人団体の結束に乱れが生じている姿も見られる。最近、駐日中国大使館のウイグル対策チームに人員の交代があり、在日ウイグル人の分離・分断を図る工作活動も一段と強化されるのではないかと懸念されているそうだ。

チベットやウイグルの民族問題に関する作品を多く発表している中国人作家・王力雄氏は、その著書『私の西域、君の東トルキスタン』のなかで、この「7号文件」問題に触れている。そのなかで、王力雄氏は「中国共産党にとって、新疆問題を生み出した原因は一貫して外部にあり、外部勢力の陰謀か、そうでなければ、地元民族の中の過激派の扇動であり、自分たちに一切責任はないとしている。しかし、実際には中共が作り出した問題の方が多い」と指摘している。

その上で、7号文件の最大の問題は、「新疆の安定に影響する主な危険」を「分離主義勢力と不法宗教活動」と規定した結果、新疆に暮らす漢族と地元民族を二つの集団に分け、それを対立させることになったことだとする。その何よりの証拠は、7号文件が通達される前と後を比較すると、通達前の時期(1990年~1996年3月)より通達後の時期(1996年3月~2001年)のほうがテロや暴動の発生件数は大幅に増加し、テロ活動による死者・負傷者は4倍にも達していることだという。

なぜ鎮圧が強化されたのに、テロ活動がかえって増えたのか。それは北京が新疆にテロ活動が発生し、テロ組織があると発表されたとき、一部のテロ組織とテロ活動はその「予言」によって引き起こされた可能性があるからだ。王力雄氏は、これを「予言の自己成就」(あるいは「予想の自己実現」)という言葉で説明するが、要するに不安をあおり警告を発することによって、なおさらそういう事態に近づく作用が働くことを指す。

「この世界にはいつでもさまざまな思想があり、その多くが現れては消え、あるいは、少人数のグループのみ流布し、大きな波風は立たない。もしある思想が多くの人に、さらには一つの民族全体に受け入れられるとすれば、現実がその思想を受け入れる土壌を提供しているのだ」と王力雄氏は言う。そして「テロ活動は永久に少数者の行為であり、しかも生長の土壌がなければ生み出されることも拡大していくこともない。」「少数のテロ分子がいることは大きな問題ではないが、もし新疆の地元民族が全体として敵対すれば、新疆問題は本当に解決しがたくなる。これこそが現在の新疆の最大の危険だと私は思う」(p64)とも指摘する。

つまり、テロ活動を生む土壌を提供し、拡大の方向に追いやっているのは、中国自身だということである。それは、ウイグル人を「民族分裂主義」と規定し、イスラム教徒を「非合法宗教活動」と断定したことが原因であり、つまりは「7号文件」からすべてが始まっているのである。

7号文件が出た1996年から、すでに20年が経過するが、この間に中国は外交でも経済でも手を打ってきた。習近平の「一帯一路」などはその最たるもので、中国が世界を取り込むための壮大な罠でもある。

トゥール・ムハメット氏は2008年、日本の週刊誌(週刊新潮)で「中国の意図はウイグル人を抹殺することだ」と訴え、10年前から警告を発してきたという。「アメリカの政治家はここに来てようやく新疆での事態を理解し、このまま放っておくことはできないと中国非難の声を上げた。しかし日本の政治家はいまだ理解することすら至っていない」とムハメット氏は嘆く。

「中国共産党はもはやマルクス・レーニン主義政党でも何でもなく、中華ファシズムを代表する政党だ」というのが、トゥール・ムハメット氏の訴えだ。中華ファシズムとは、自分たちが世界の中心であるという手前勝手な論理を周辺の国々に押しつけ、自分たちの利益を中心に世界のルールや秩序を構築し、世界の覇権を掌握しようとする一党独裁の専制政治・異論を排除する全体主義体制のことであり、その排外主義的・強権的政治社会システムはファシズム体制そのものというしかない。

自由な国・日本にいて、言論・報道の自由で守られている日本人は、ウイグルで起きていることを世界に知らせ、もっと大きな声で中国への抗議の声を上げる義務がある。中国が新疆ウイグルで行っている残虐行為は、人類の進歩と現代文明への冒涜であり、自由と平和を愛する全世界の人たちへの挑戦でもあるからだ。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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