「東方真珠」の香港が「恐怖と沈黙の街」に変わった

香港の区議会議員選挙が12月10日に行われた。投票率はわずか27.5%、前回2019年11月に行われた区議会議員選挙の投票率が71.2%だったので、どれだけの人が今回は投票を棄権したかが、分かる。

香港からのニュース映像を見ると、街には12月10日の投票を呼びかける看板、ポスターがいたるところに掲げられ、旗や幟などがあちこちにはためき、街の様子は選挙一色に彩られていた。そして人通りの多い繁華街や駅前では、候補者やサポーターたちがマイクで投票をよびかけ、チラシを配るのだが、そのチラシを受け取る人は誰もいない。チラシを差し出しても体をよじってそれを避けるようにして通る人々ばかりだった。立候補者や支援者を嫌悪し、選挙自体を拒否している様子は明らかだった。

投票率アップのために四苦八苦

区議会議員選挙の投開票日の翌日はすべての学校が休校となった。深夜まで投票所として使われる一部の学校は、翌日までに原状回復できない恐れがあるためだ。そのため投票日の12月10日を挟んで土、日、月と3連休となる人もいて、この連休を利用して隣の深圳や広東省などで、買い物や食事を計画する香港人たちが大勢いることも予想された。そのため、香港政府は選挙前日の9日は「區選繽紛日(District Council Election Fun Day)」と銘打って、博物館など公共施設の入場料を無料にしたり、コンサートを開催したりと、投票してもらうために有権者を香港に留めるための大規模なプロモーションも実施した。

さらには、公務員には投票を証明するカードを配って、強制的に投票させるという方法も採られたといわれる。

本来の投票締め切り時間は22時半までだったが、香港政府は投票日当日の夜に「システムエラーが発生した」と発表し、急遽、投票締め切りを1時間半遅らせ、深夜0時まで投票可能とする措置をとった。「システムエラー」の真実が、どうだったのかは分からないが、香港政府があの手この手の手段を考え出し、投票率を上げるために必死だったことが伺える。

香港政府は、投票率のアップになぜそこまでこだわったのか?それは中国共産党指導部から、投票率をできるだけ引き上げ、今回の区議会議員選挙が成功したことを世界に見せつけろと命令され、脅迫されていたからだろう。それでは、中国共産党指導部は区議会議員選挙の「成功」に、なぜそこまでこだわったのか?それは、香港での「直接民主主義の勝利」といわれた前回の区議会議員選挙の結果を、彼らがすべて踏みつぶし、当選した民主派議員の当選資格をすべてはく奪し、直接民主主義を完全に無きものとしたからだ。

民意の表出に恐怖を抱く習近平政権

もともと区議会議員選挙は18歳以上の有権者による1人1票の直接投票で実施され、香港における民意をもっとも反映する選挙と言われてきた。前回2019年11月に実施された選挙は、その年、逃亡犯条例改正に反対するデモが巻き起こり、大規模な反政府抗議活動が吹き荒れるなかで行われたが、各地の投票所の回りには朝早くから長い人の列が何重にもでき、最終投票率は史上最高の71.2%を記録した。この時は、選挙に投票することが、いわば政府への抗議の意志を示すことでもあった。その投票結果は、民主派が改選前の124議席から388議席に3倍あまりに大躍進し、親中派(建制派)は改選前の310議席から59議席へと大幅に後退した。

ところが、この選挙結果に恐れ戦(おのの)き、翌年2020年9月に予定されていた立法会選挙で再び同じような事態にならないよう対処するために、中国共産党政権が執ったのが、2020年6月30日、全人代常務委における「香港国家安全維持法」(国安法)の成立と即日施行という手段だった。

香港国家安全維持法による選挙制度の改悪

この国安法の第6条では「香港特別行政区の住民が選挙に立候補する時には、文書に書名、または宣誓するという方法で、香港基本法の擁護と香港特別行政区への忠誠を確認しなければならない」と定め、また35条では「いかなる人も国家の安全に危害を加える犯罪をしたと司法判決を受けた者は、立法会・区議会に立候補する資格を失う」と定められている。この規定に従って、2021年3月には、全人代常務委による香港選挙制度の見直しが行われ、愛国者しか選挙に出られないという仕組みのほか、政府に忠誠を誓う宣誓をしなければ議員資格もはく奪されるという規定が作られた。そして、立法会の定数は70から90に拡大される一方で、直接選挙枠は35から20に削減され、そのほかは選挙管理委員会選出枠となった。さらに区議会に至っては、直接選挙枠の定数は452から88へと5分の1以下に削減され、そのほかは行政長官に指名枠となった。つまり、有権者が投票によって自分たちの意志を示せる直接選挙・普通選挙の機会は大幅に削減され、民意が直接に反映される、あるいは表出されることのないように改悪されたのである。

独裁専制国家による形式的な選挙演出

こうした選挙制度の改悪によって、どういう事態が起きたかというと、区議会議員選挙で当選した民主派の議員たちは、反政府抗議運動への参加が「国家の安全を脅かす行為」と判断されたり、宣誓を拒否したりしたことで、当選した388人の議員のうち230人の議員資格が剥奪され、議員報酬の返還さえ求められた。こうした事態のなかで、多くの議員が日本を含めて海外に脱出している。新型コロナの影響をうけて一年余り延期され、2021年12月に実施された立法会議員選挙には、民主派は事前の「愛国者資格審査」で拒否されて誰も立候補することができず、当選者は中間派の1人を除いて全員が親中派で占められた。そして投票率は過去最低の30.2%だった。

そして、今回12月10日に実施された区議会議員選挙でも、民主派はだれも立候補資格を得ることができず、候補者は全員が親中派で占められた。要するに立法会選挙も区議会議員選挙も、中共政権演出による香港政府の一人舞台で、親中派による親中派のための出来レース、いわば形だけの選挙が行われたというに過ぎないのである。

香港人たちは直接選挙の実現のために格闘

香港の返還に合意した1984年の「中英共同声明」の第1付属文書「中国政府の香港に対する基本方針の具体的政策について」では、「行政長官は選挙また協商(話し合い)で産生(輩出)」し、「立法機関は選挙によって産生する」と明確に書かれている。また現在の香港のミニ憲法である「香港基本法」では、行政長官と立法機関について「最終的には普通選挙で選出することを目標にする」と、ここでも明確に規定されている。

最近、カナダへの亡命の意志を明らかにした周庭(アグネス・チョウ)さんらが2014年秋に起した若者らによる香港中心部の道路占拠活動「雨傘運動」も、香港における直接選挙実現を要求する運動だった。それよりも前、1989年天安門事件以来、香港市民が求め続けたのも、共産党政府の独断専制に支配されないための民主化の実現、つまり民意を集結させた直接選挙による民主的な政府・立法議会の実現だった。

しかし、民意が表に出ることを最も恐れる習近平独裁専制国家は、中英共同声明という国際法の合意を破棄し、香港基本法の根本規定を無視することによって、鄧小平が提唱した香港における「一国2制度」という約束を完全に反古にしたのである。

一国2制度は、もともとは台湾統一を念頭に考え出されたアイデアだった。香港における一国2制度を無惨に破壊する行為は、台湾統一の戦略にも変化を与えることは必至だろう。台湾総統選挙を控えて、習近平政府はさまざまな陰謀や策謀を仕掛け、選挙に介入してくることが考えられる。

台湾の有権者には、香港の現状と香港住民の苦悩、そしてチベットや新疆ウイグルでの民族弾圧の実態を虚心坦懐に見つめることで、最良最善の選択を決断することを切に願っている。

(2014年10月 雨傘運動の現場 著者撮影)

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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