習近平「祖国統一は歴史の必然」?捏造と虚構の歴史に大義はない

捏造と虚構、フェイクにまみれた「中国」

ビル・ヘイトン著『「中国」という捏造:歴史・民族・領土・領海はいかにして創り上げられたか』(草思社2023・3)を読んだ。

著者のビル・ヘイトン(Bill Hayton)は英BBCワールドニュースの記者で、同じく日本で翻訳出版された『南シナ海―アジアの覇権をめぐる闘争史(The South China Sea: The Struggle for Power in Asia) 』 (河出書房新社・2015)の著者としても知られる。この本では、中国による南シナ海スプラトリー諸島などに対する領有権の主張の欺瞞性を描き、中国の地理学者が南シナ海の地図にいわゆる「九段線」(U字線)を勝手に書き込み、正確な位置さえも分からず誰も見たことのない海底20メートル下の暗礁までも島だと強弁し、その領有権を主張したという、とんでもない「偽造・捏造」を完膚なきまでに世界に曝露した好著だった。

今回の『「中国」という捏造』(THE INVENTION OF CHINA)では、そうした中国による「領土・領海」の主張や地図上の国境線の「捏造」を含めて、「中国」(China)という国名も、「中華民族」や「中国史」も捏造だと主張する。

そもそも「中国」という国名は、20世紀初頭の清末まで存在せず、西洋の近代国家の概念や主権や国土、国境などの考え方や用語が日本経由でシナの知識人にもたらされるなかで、日本に亡命した梁啓超らが日本の文献を借りて紹介するなかで、西洋人が当時のシナを指してChinaと呼んでいた概念をそのまま借用し、それに「中国(チョングオ)」という呼称を当てたに過ぎない。

国家の体裁を整えるために捏造された民族・歴史・言語

そして「中国」という国名が成立すると同時に、近代国家の成立に欠かせない国民としてのアイデンティティー、国の具体的な形としての「国土・国境線」の確立が必要となり、その国境線の中にチベット人やウイグル人、モンゴル人の土地を強奪し、無理やり含めることになった。そして、あくまで漢民族が優位・主体である「中華民族」という擬制の民族名まででっち上げ、互いに通じあう共通の言葉など存在しない中で、地方の多くの人の反対を押し切って北京官話を中心にした「国語」(普通話)とやらを無理やり制定し、「中国」と「中華民族」の歴史があたかも4000年も5000年も途切れずに連綿として続いてきたというフィクションをもとに「中国史」という歴史をでっち上げ、国民国家として統合や国民のアイデンティティーづくりに役立てようとしてきたのが、20世紀の中国の真実の姿であり、「中華民族の復興」という「中国の夢」を掲げる今の習近平独裁政権の根底にあるのも、こうした欺瞞、フェイクそのものといってもいい国家像や民族ナショナリズムだといえる。

著者のビル・ヘイトンは、『「中国」という捏造』のなかで、梁啓超や康有為、厳復、黄遵憲(こうじゅんけん・外交官)などの思想家や知識人、あるいは地理学を愛国教育の教材として最初に持ち込んだ竺可楨(じくかてい)や南シナ海の「九段線」を最初に地図に書き込んだ白眉初(はくびしょ)といった地理学者たちの具体的な業績や活動を詳述し、具体的な文献的証拠を積み上げるなかで、以上のような欺瞞、捏造の実態を証明していて、読み物としても、論証の展開もスリリングで、読み応えがある。

「中国の夢」も「中華民族の復興」もみなフェイク

この本を一読しての感想は、中国という国は、まさに壮大なフィクションで成り立つ国家であり、国家全体がフェイクそのものでしかない、ということだ。そして、こうしたフィクションや捏造・フェイクをもとにして、習近平が「中国の夢」だとする「中華民族の復興」という理念・目標が成り立っているという現実を我々は直視する必要がある。「一帯一路」という経済圏構想や、南シナ海や台湾・尖閣諸島に対する領土的野心、アメリカに軍事的にも技術的にも対抗し唯一無二の覇権を確立しようという習近平の世界戦略も、こうした数々の捏造やフェイクが思想的バックボーンとなっている。習近平の中国という現実に向き合う上では、こうした「捏造」の実態と経緯を世界の人々はよく理解し、中国に反論できるように準備しておく必要がある。

ところで、台湾総統選挙を前にして、選挙の結果と台湾の将来に関心が注がれるが、この本の中では、台湾に関して興味深い事実が明かされる。

それは、現在の中国が、清王朝の乾隆帝当時に獲得した最大の版図をもって自国固有の「領土」とし、その復興を「中国の夢」なかんずく「習近平の夢」としているのに対し、辛亥革命から中華民国の成立後、さらに新中国建国前後の共産党政権も台湾に対する主権の主張をせず、その奪回については考慮されなかったという事実だ。

ちなみに「領土」という中国語は、日本語からの借用で、ハーバート・スペンサーの『政法哲学』にあるterrtoryの訳語として慶應義塾・塾長だった浜野定四郎が選定したものだった。元来、清朝時代も含め、古来シナ王朝には「領土」とか「国境線」といった概念は存在せず、「疆域」という曖昧な言葉しかなかった。そして彼らは、チベットとかウイグル、モンゴルとか異民族の土地に関しては強い執着を示す一方で、台湾に関しては関心を示さず、冷淡な態度をとり続けたのである。

孫文も蒋介石も台湾を見捨て併合を主張しなかった

ビル・ヘイトンは『「中国」という捏造』のなかで、例えば、<孫文の臨時政府が革命直後の1912年3月に承認した暫定憲法「中華民国臨時約法」では、中華民国の領土範囲を比較的明確に打ち出し、事実上、新たな国は革命時の大清国の境界線をその現状のまま引き継ぐと明記した。第3条には簡潔のこうある。「中華民国は22の省と、内モンゴルおよび外モンゴル、そしてチベットをその領土とする」と。この22省という選択には非常に重大な意味がある。なぜなら台湾は23番目の省だからだ。>(p280)

この憲法が制定される3か月前、外モンゴルはすでに独立を宣言していた。チベットやウイグルでは反乱や軍閥支配が続き、国民党政府の支配権は及んでいなかった。それにも関わらずこれらの疆域を領土と主張する一方で、台湾については除外していた。これは、「台湾に対するいかなる権利も正式に放棄していたという明確な証拠と言えるだろう」とビル・ヘイトンはいう。

<孫文は日本政府を主な支援者として頼り続けた。そして革命派は引き続き台湾問題について一顧だにせず、改革派も同じく台湾に何の興味も示さなかった。(中略)台湾についての認識は、清王朝も革命派も改革派もみな同じだった。台湾は条約によって割譲され、中国のものではなくなったのだと。現在、台湾の政治的立場をめぐって吹き荒れている熱情を見るにつけ、まったくもって驚きだが、台湾という土地は、辛亥革命(1911~12年)の10年前には政治家の口の端に上ることすらなかった。>(p278)

さらに1934年、地理学者の竺可楨らの呼びかけで出版されたのが『中華民国新地図』だった。

<この地図は非常によくできており、ベストセラーとなった。政府が制作した地図が出ないなか、この地図は1950年代になっても国の標準となった。しかし国境地帯の描写は、ほとんどの場所がフィクションだった。当時の中国地図では標準となっていたが、チベットやモンゴルが国家の不可欠な部分として描かれている一方で、台湾は含まれていない。>(p207)

また、日中戦争最中の1938年、蒋介石は「抗日戦争と国民党の将来」についての演説の中で以下のように述べている。

<「われわれは朝鮮と台湾が自由と独立を取り戻すことができるように手助けしなければならない。そして朝鮮・台湾とともに団結して中華民国の守りを固め、東アジアにおける平和の礎を強固にしなければならない」。・・・ここで注目すべきは(中略)この時点では朝鮮・台湾いずれに対しても中国領土に含めることを求めていないことである。蒋にとって重要だったのはこの二つの地域の戦略的な位置であり、中華民国の前線にある緩衝国家としての役割を果たす可能性だった。>(p302)

毛沢東や周恩来もかつては台湾独立を支持していた

そして、かつての共産党や毛沢東は、台湾を中国に編入するよりも、むしろその独立を支持してきたことで知られる。

<1928年の第6回全国代表大会で。共産党は台湾人を中国人とは別の国民であると認めている。1938年の党中央委員会全体会議では「中国人、朝鮮人、台湾人、その他の国民とのあいだで抗日統一戦線を結成する」と決議されており、(略)このときの共産党の見解では、台湾人は別の民族だったのだ。(1941年当時の周恩来や朱徳の発言でも)将来解放された台湾は独立した国民国家になると明言されている。>(p303)

また『中国の赤い星』を書いたエドガー・スノーは、1936年7月、延安で毛沢東に対して

「中国人民は日本帝国主義者から失われた土地をすべて取り戻したいと思っているのか?」と尋ねると、毛沢東は「我々は、万里の長城以南の主権を守るだけでなく、我が国の失われた領土をすべて回復しなければならない。これは、満州を回復しなければならないことを意味する。しかし、中国の旧植民地である朝鮮は含まれていない。将来、韓国国民が日本帝国主義のくびきから解放されることを望むなら、我々は彼らの独立闘争を熱意的に支援する。台湾も同様だ」と答えたという。(禁断のニュース2021/7/29 毛沢東:私たちは台湾の独立を支持します)つまり、1936年の時点では台湾の独立を明確に支持していたのである。しかし、この部分は中国で出版された「中国の赤い星」では削除されているという。

習近平「祖国統一は歴史の必然」に大義はない

習近平は2024年の「新年賀詞」で、台湾問題について「祖国統一は歴史の必然」だと述べ、台湾総統選挙と民進党候補・頼清徳氏を牽制した。「歴史の必然」といいながら、今まで述べてきたように、その歴史とは虚構の歴史であり、捏造された歴史だったのである。捏造された虚構の歴史に大義などあるはずがない。

毛沢東は「政権は銃口から生まれる」といったが、台湾の人々にはアジアの民主主義の優等生として、ぜひ「投票箱から政権が生まれる」という姿をはっきりと中国に見せつけてほしいと願っている。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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