「投票箱から政権は生まれる」民主主義を実践した台湾

台湾総統選挙は民進党の頼清徳・蕭美琴ペアが当選し、第16代正副総統として5月20日に就任式を迎えることになった。まさに「投票箱から政権は生まれる」という、民主主義の誇らしい姿を最高の形で見せてくれた選挙だった。

台湾の選挙は、日本のように期日前投票や、住所地以外での不在者投票、海外での在外投票もなく、有権者はみな戸籍のある場所に戻り、投票日当日の午前8時から午後4時までのたった8時間の間にそれぞれの1票を投じなければならない。それにも関わらず、有権者1954万8531人の投票率は71・86%。前回2020年の選挙より3・04ポイント下回ったが、それでも、ほとんど50%を越えることがない日本に比べれば、信じられないような高い投票率だった。ちなみに海外から投票のために帰国した人は4120人だったという。

当日投票のみでアナログな開票作業

全国1万7795か所の投票所では、午後4時の投票終了後に直ちに開票作業が始まり、午後9時57分には集計がすべて終了した。選挙事務には24万人のスタッフが関わったそうだが、開票作業は、投票用紙を投票箱から一枚一枚とりだし、それを両手で頭の上に掲げて、一般の立会人も見えるようにした上で、投票した候補の名前を大きな声で読み上げ、それを別のスタッフが白板の候補者名が書かれた枠の中に「正」の字を書いて記録するという方式で行われる。なぜこんなアナログな開票作業をするかといえば、投票用紙の候補者名とそれを記録する「正」の字への記入が一致することを、一般市民を含め開票作業を見つめる人全員が確かめられるようにするためだ。

日本でも実際にあったそうだが、開票作業中に開票所の電気が突然消されて、投票用紙がなくなるといった不正が行われるなど、昔から選挙や開票作業には不正や疑いがつきまとうのは恒(つね)のことだった。それに比べれば、台湾の当日投票と即日開票はごまかしも不正も効かない公明正大な選挙であることは間違いない。

70%を越える投票率と40%の得票率での当選

ところで、選挙結果だが、与党・民進党の頼清徳・蕭美琴ペアは558万6019票を獲得し、得票率は40.0503%だった。これに対して野党・国民党の侯友宜・趙少康ペアは467万1021票で、得票率は33.49%、同じく台湾民衆党の柯文哲・呉欣盈ペアは369万466票で、得票率は26.4597%だった。

前回2020年の選挙で蔡英文氏が獲得した票が817万0231票(得票率57.13%)、前々回2016年が689万4744票(得票率56.17%)だったので、今回、民進党候補は前回からは250万票、前々回からは130万票減らし、得票率では16~17%で少なかったことになる。これは若者票を中心に柯文哲陣営に流れた票だとみられている。しかし、同じ三つ巴の選挙だった2000年の選挙で陳水扁氏が獲得した票が497万7697票(39.30%)だったので、陣営が3つに分かれれば40%前後の得票率で当選するというのは、民主主義では当たり前のことだともいえる。

選挙結果は台湾の主流民意ではない、という中国

しかし、これについて中国側は、「頼清徳は台湾の民意を代表できない」と繰り返し非難している。国務院台湾事務辨公室のスポークスマン陳斌華は17日の記者会見で、「選挙結果は民進党が台湾を代表することも、台湾同胞全体を代表することもできないということを十分に示している。民進党の下野、台湾独立反対、戦争ではなく平和、衰退ではなく発展、分離ではなく交流が、島内の主流民意だ」と強弁した。中国共産党支配下では選挙という形で、中国人民の民意を確かめたことなど一度もないにも関わらず、台湾の人々の「主流民意」だとかを勝手に忖度するのはおこがましいにも、程(ほど)がある。

それをいうなら、中国国内でまず台湾と同じレベルの報道・言論の自由を確立させ、チベットやウイグル、モンゴル、香港の人々にも台湾と同じような自由な発言の機会を与えるのが先だろう。中国人民から自由な発言の機会や選挙という民意を示す手段を奪っておいて、他国の「民意がどうのこうの」などと言えるはずがない。そんな資格も能力もないのは明らかだ。

民主主義の勝利だと賛辞を送るチベット・ウイグル

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は、選挙の翌日(14日)、ご自身の公式ウェブサイトで、当選した頼清徳氏に祝賀の意を表わした書簡を送ったことを明らかにした。そのなかでダライ・ラマ14世は「台湾でまさに行われたばかりの民主主義の実践を、確かに目にすることができたことは、自由と尊厳の中で生きることを渇望する私たち全員を鼓舞し、勇気を与えるものだ」と賛辞を送っている。そのうえで「かつて台湾を訪問した際も、台湾に民主主義が深く堅固に根づいていることを見ることができた。台湾の人々は安定した民主制度を建立し花開かせただけでなく、経済や教育の面でも多くのことを成し遂げ、同時に豊かな伝統文化も守っている」と述べ、台湾を称賛している。

またチベットと同じく中国共産党の迫害に晒されている新疆ウイグル自治区を逃れて日本に滞在する日本ウイグル協会のレテプ・アフメット会長は、産経新聞の取材に対して、台湾総統選挙の結果について「民主主義の価値観は独裁国家に負けないことが示された。台湾の総統選はアジアにおける民主主義の勝利だ」と語っている。その上で「今回の選挙は中国の習近平政権に三つのメッセージを突き付けている」という。その三つのメッセージとは、第一に「香港と同じ道を歩みたくない」という台湾の人々のメッセージ、二つ目は「中国共産党は信用ならない」というメッセージ。そして3番目は「いくら相手が強くても、あきらめない」というメッセージだという。

香港には2020年6月国家安全維持法が施行され、高度な自治が認められた『一国二制度』はもはや跡形もない。中国共産党は台湾に関しても「内政問題」だと称して外国の干渉を排除し、さまざまなフェイクニュースを仕立てて揺さぶる一方で、統一のためには武力行使も辞さないと脅しをかけたが、台湾の人々は動じなかった。

そしてアフメット氏は「中国の経済力や軍事力が強大であっても、民主主義の価値観は独裁国家に負けないという希望になった。 中国共産党が恐れたのは、台湾の独立に加え、ウイグル人を含め中国国内で『台湾のように自分たちのことは自分たちで決められる』といった意見が出ることだった」と指摘する。

ダライ・ラマ14世の祝賀の言葉や日本ウイグル協会のアフメット会長のコメントのほうが、中国の台湾事務辨公室スポークスマンの発言より、はるかに説得力があり、その通りだと納得し、素直に聞くことができる。

「一つの中国」というフィクションにいつまで付き合うのか

ところで、その台湾事務辨公室のスポークスマン陳斌華は、「今回の選挙は両岸関係の基本構図と発展方向を変えることができず、・・・祖国が将来、統一されるということを阻止できず、統一は必然という大勢も変えることはできなかった」としたうえで、「我々は引き続き"平和統一、一国二制度"という方針を堅持し、両岸関係の平和発展と祖国平和統一過程を推進する」とも言っている。そして、頼清徳氏が大陸との「対話の再開」を希望していることについて、陳斌華は「“九二共識”が両岸の対話と協商の政治的基礎だ。一つの中国という原則を体現した“九二共識”を堅持すれば、両岸は対話のチャンネルはすぐに開くことが可能だが、そうでなければ如何なる対話も始めることはできない。一つの中国という原則を基礎にすれば、われわれと台湾のいかなる政党、団体との往来に障害は存在しない」としている。

ここでいう“九二共識”とは1992年シンガポールで行った中台窓口機関の会合で、「中国は一つ」というコンセンサスが成立した、という主張のことを指すが、民進党は一貫してそのような合意・コンセンサスはなかったと主張する。また中国側が統一の原則だと主張する「一国二制度」についても、香港ではその約束が果たされず、失敗したことは明らかであり、そもそも民進党政権は「一国二制度」自体を認めていない。さらに「一つの中国」という主張も、中国大陸には歴史的にも存在しなかった虚構であり、現実を反映していない。実際は体制も人々の価値観もまったく異なる「一つの中国」と「一つの台湾」しかないのが現実であり、そもそも民進党政権は「一つの中国」という前提を拒否し、中国と台湾は対等という立場でなければ、対話は成立しないとしている。

中国共産党が「一つの中国」を主張するのは勝手だが、日本など国際社会が、「一つの中国」という捏造・偽造されたフィクション(虚構)にこの先も永遠に付き合わされる義理はなく、そういうフィクションがまかり通るかぎり、中台の真摯な対話や台湾海峡の平和が実現することはあり得ない。国際社会も、そうした状況をしっかりと認識したうえで、台湾と中国の問題に向き合う必要があるだろう。

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富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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