軍事パレードは金正恩に対する警告でもあった
10月1日の韓国「国軍の日」の軍事パレードの映像を見て、韓国はすでに異様なほどに発展した「軍事超大国」であることを改めて思い知らされた。ソウル近郊、城南(ソンナム)市の空軍飛行場で開かれた閲兵式では、最新鋭の戦闘機から各種軍用車輌や戦車、戦術・戦域ミサイルや弾道ミサイル、それに様々な無人機からAIロボット兵器まで、それこそ兵器見本市さながらの展示・デモンストレーションが延々と繰り広げられた。
中にはポーランドが980両の購入契約を結んだというK2戦車や、豪州やルーマニアなどが購入契約したK9自走砲など韓国自慢の輸出用戦車や、同じくエジプトなどへの輸出が決まっている地対空迎撃ミサイル天弓(チョングン)2,それに弾頭重量8トンで花崗岩の地下100メートルまで貫通・爆破できるとして「怪物ミサイル」の異名をもつ「玄武(ヒョンム)5」も初めて公開された。またAIロボット兵器ではイヌ型歩行偵察ロボットや大小さまざまなドローン飛行機、自爆型無人ボートなどが展示された。
<韓国軍広報テレビKFNニュース[LIVE] 建軍76周年“国軍の日”記念式典>
<KOREA NOW [Full Ver.] S.Korea's 75th Armed Forces Day Military Parade >
(国軍の日のパレードで初公開された玄武5)
世界4位の防衛輸出大国を目指す韓国
韓国のすごいところは、こうした兵器の開発・生産に主な財閥企業が絡み、一大輸出産業を形成していることだ。例えば現代(ヒョンデ)自動車グループは様々な戦闘車両を生産し、「韓国火薬(韓火・ハンファ)」を母体とするハンファグループは、航空宇宙、誘導ミサイルシステム、ナビゲーション装置、レーザー、対空システム、無⼈化システムなどの防衛装備等の事業を⾏っている。大韓航空の航空宇宙部門は、ステレス無人機の開発・生産を担当している。つまりは民需と軍需、財閥企業と国家が一体となって防衛産業を一大輸出産業に育て上げ、今や世界4位の防衛輸出大国を目指すと宣言するまでになっている。
尹大統領はことし2024年1月1日の新年の辞で、2027年までに世界の4大防衛輸出国の一角を占めるという目標を宣言している。ストックホルム国際平和研究所の報告書では、2021年までの5年間(2017~2021)で韓国の武器輸出のシェアは世界8位だった。2021年の輸出額は72.5億ドル、日本円にして1兆円余りだったが、2022年には173億ドル、日本円で2兆円あまりと倍増し、過去最高を達成した。2023年は140億ドルに後退したが、2024年には200億ドルという野心的な目標を掲げる。
<笹川平和財団研究員・李信愛2024/05/10「グローバル中枢国家:防衛輸出における韓国の台頭」>
尹政権の国家安全保障戦略では、韓国を「防衛産業大国」とうたっており、そのため尹大統領も外国訪問のたび毎に武器セールスに余念がない。
ところで「国軍の日」を記念する軍事パレードは、城南市の空軍飛行場から午後にはソウルの中心部・光化門(クァンファムン)に通じる道路に場所を移して行われ、最新兵器の装備や韓国軍の精鋭部隊の隊列が、一般市民や海外マスコミの目にも触れることになった。これだけの規模の軍事パレードは2013年以来だという。それだけ尹政権の韓国防衛能力に対する自信のほどを伺うことができる。
韓国軍は実際に大規模兵力を動かした過去がある
「ソウルの春」(キム・ソンス監督2023年8月公開)という韓国映画を見た。1979年の朴正熙大統領暗殺事件のあと、事件を捜査した全斗煥保安司令官が陸軍総参謀長を逮捕し、全軍を掌握して政権を執った「12・12粛軍クーデタ」という実話を元にした映画だ。この映画をみても韓国はすでに45年前に「一大軍事国家」になっていたという事実を思い知ることができる。<「ソウルの春」予告編>
軍内部の主導権争いは、全斗煥を支持する軍部隊と首都警備司令官に賛同する軍部隊の間の内戦状態にまで至り、首都ソウルを一夜にして戦場に変えてしまう危険をはらんでいた。その過程で緊迫感をもって展開される軍事行動の一部始終は映画の肝だが、実際にも漢江にかかる橋がすべて通行止めにされ、戦車や軍用トラックが主要な道路を埋め尽くし、大統領府青瓦台近くの光化門前広場では鉄条網を挟んで両派が対峙し、首都近郊の陸軍師団本部からはいつ砲弾が発射されるか分からないという緊張感に包まれていた。
これは実際に軍を大規模に動かした例だが、実は韓国軍はこれと同じ緊張状態を38度線の休戦ラインを挟んで北朝鮮との間で常時強いられてきたともいえる。ある意味、いつ攻撃が始まるか分からないという緊張状態にあり、それに備える必要があるからこそ、韓国軍の武器装備が今の形になるまで拡大整備され、高度技術化が進んだともいえる。
そうした軍事超大国化が、コストやエネルギーのムダ使いだったのか、あるいは用意周到で賢明な準備だったと評価されるのか、その判定は後世の人に任せるしかない。
軍事パレードを「野犬の群れ」「虚しい大道芸」と貶す金与正
ことしで76回目を迎える「国軍の日」の演説で、尹大統領は「北韓の政権は、核兵器が自らを守ってくれるという妄想から抜け出すべきだ」としたうえで、「北韓が核兵器の使用を試みるならば、韓国軍と韓米同盟の決然たる、圧倒的な対応に直面するだろう。その日が、北韓政権が終末を迎える日だ」と述べた。
この尹大統領の発言と「怪物ミサイル」と呼ばれる「玄武5」をはじめ韓国の最新兵器の数々を実際に見て、おそらく身震いするほどの恐怖を感じたのは、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)かもしれない。
ところで実に面白いと思ったのは、国軍の日のパレードに対する金正恩・金与正(キム・ヨジョン)兄妹の反応と、その後に南北の軍事当局者の間で交わされた言葉の応酬だった。
金与正は3日、朝鮮中央通信に「野良犬の群れの力自慢か、植民地雇用軍の葬列か、大韓民国の国軍の日記念行事を見た所感について」と題する談話を発表し、「韓国は国軍の日を記念するといって烏合の衆を目一杯呼び寄せ、記念式だとか、市街行進だとかいう雑多なお遊びを騒々しく繰り広げた」とこき下ろした。そして「今回のお遊びについて敢えてひとこと言うと、野良犬の群れが小川を通り過ぎたように、何の痕跡も余韻もない虚しい大道芸に過ぎなかった」とし、軍事パレードを「雑多なお遊び」「野良犬の群れ」だと表現し、「虚しい大道芸」だと酷評した。そして初めて公開された弾道ミサイル「玄武-5」については、「デモ行進用にはおあつらえ向きだが、軍事的な価値については疑問視せざるを得ない」と評した上で、「非核国の力の劣勢の壁を越えられないという宿命を改めて自ら証明した」とし、「核保有国を前にしたつたない行為」だと述べた。韓国がいくら通常弾頭の重量を増やしても、戦術核には遠く及ばないということを強調したのだろう。そして金与正は「今回、尹錫悦が戦争熱に浮かされて高めた対決の叫びは、終末を控えた者の最後の悲鳴に過ぎない」とし、「虚勢を張ることに熱を上げたが、不安焦燥した心理がろ過されることなく表出したものだった」と非難した。
<ハンギョレ新聞10/4「北朝鮮のキム副部長、韓国「国軍の日」を嘲笑「虚しい大道芸、植民地雇用軍の葬列」>
尹大統領の演説に「まともな人ではない」と揶揄する金正恩
一方、 朝鮮中央通信は4日、金正恩が朝鮮人民軍特殊作戦部隊の訓練基地を視察したと伝え、この中で1日の尹大統領の演説について、「核保有国との軍事衝突で生き残ることを願うのは無意味なことだ」と主張したという。さらに金正恩は「核を保有している国家の前で軍事力による圧倒的な対応を口にしたが、“まともな人ではない”との疑念を抱かざるを得ない」と尹大統領を名指しで批判した。その上で、韓国が北韓の主権を侵害する武力行使を企てた場合、「容赦なく核兵器を含む全ての攻撃力を使う」と警告したという。
<KBS日本語ニュース10/4「金正恩委員長「主権侵害すれば核兵器使う」 尹大統領を非難」>
金兄妹は、北朝鮮が「核保有国」であることを強調し、核保有国を目の前にして何を言ってもムダだと、韓国を突き放すが、どう見ても「まともでない人間」が、他人を名指しして「まともな人ではない」というのだから、奇妙だ。まして核兵器の先制使用まで口にするのだから、どう考えても「まともではない」ことは明らかだ。
金正恩が尹大統領を指して「まともな人間ではない」としたことについて、韓国国防部はその日(4日)の午後に声明を出し、「わが軍の統帥権者を直接非難したことは、絶対に容認できない行動だ」としたうえで、「北朝鮮は核ミサイル開発を通じて得られるものは何もなく、核挑発を行えば直ちに北朝鮮政権は終わりを告げるだろう」と主張した。
さらに韓国軍の合同参謀本部は4日深夜11時、担当記者団にショートメールを送り、「金正恩は韓国の軍統帥権者を非難し、『核兵器を含むあらゆる攻撃力を使う』と述べてわが国民数百万人の安全を脅かした」とした上で、「もし北朝鮮が挑発すれば、その日は金正恩政権の終わりの日になることを厳重に警告する」と繰り返した。そして、「われわれの戦略的・軍事的目標は北朝鮮の同胞ではなく、金正恩一人のみにすべて(の照準)が合わせられていることを明確にする」とも述べた。
<ハンギョレ新聞10/5「韓国合同参謀本部「北、韓国の国軍統帥権者を非難…我々の軍事的目標は金正恩のみ」>
「斬首作戦」はいつでもどこでも精密に実行できる
これはすなわち、あくまでも北の金王朝の頭目ただ一人の排除を目的に「斬首作戦」の実行を宣言したものといえる。韓国軍が「北朝鮮が挑発に出ればその日に北の政権は終末を迎える」とか「金正恩ひとりを標的にする」と、ここまではっきりと勇ましいい言葉を公するのは前代未聞、初めてのことだといわれる。
これに対して金正恩は7日、金正恩国防総合大学での演説で、「敵がわが国に武力使用を試みるなら共和国(北朝鮮)の武力はすべての攻撃を躊躇なく使用する」と述べ、核兵器の使用も排除しないと威嚇した。その上で、国軍の日の尹大統領の演説について「尹錫悦は記念の辞で共和国の終末に触れるなど、下品で、はしたない言葉を吐いた」。「戦略武器ひとつないやつらが非常識な思考方式を顕わにした」と非難した。その一方、「率直に言って我々は大韓民国を攻撃する意思はまったくない」。「これまで我々は南地域の解放とか、武力統一という言葉も口にしたけれど、今は全くこれに関心がなく(北朝鮮と韓国が)2つの国だと宣言してからは、あの国(韓国)ことは意識していない。あの国に人たちとは向かい合いたくもない」などと述べたいう。
<朝鮮日報10/8「金正恩氏 敵の攻撃に「核兵器使用排除せず」=また尹大統領非難も」>
ここで金正恩は、核兵器も躊躇なく使うと宣言する一方で、「大韓民国を攻撃する意思はない」といい、さらに「韓国のことは意識していない」などとも言うが、韓国のことをひと一倍意識し、それこそ固唾を飲んで韓国の一瞬一瞬の動きを見てるのは金正恩だろう。なぜなら最近のイスラエルによるハマスやヒズボラの指導者を狙った精密攻撃を見ても、金正恩の命が、いつどこで狙われてもおかしく情況だといえる、
例えば、韓国空軍にも導入されているドイツ製の空中発射型巡航ミサイル「タウルス」は射程500キロを飛行し、半径1メートルの標的に正確に命中する精度を持っているという。弾頭重量8トンの「玄武5」に到っては、どれだけ地下深くに隠れても逃れられない破壊力を持っている。金正恩・与正の兄妹がいくら口汚い言葉で韓国を罵り、威嚇しても、恐怖に震えているのは自分たちであることを本人たちが最もよく自覚している。
道路爆破は南北を断ち切り 住民を地獄に引き込む罠か
ところで、北朝鮮は10月7~8日に最高人民会議を開き、憲法改正を審議した。朝鮮中央通信はそれから10日後の17日になって、ようやく韓国を「敵対国家」と規定する憲法改正を行ったと初めて伝えた。しかし、今回の憲法改正で、従来の「統一政策」を放棄したのか、海上の北方限界線NLLなど南北の国境線をどう規定したのかについては、いまだに明らかにしていない。金正恩が主張する「統一政策の放棄」、つまり祖父・金日成と父・正日が敷いた南北統一路線からの撤退、変更については、これまで公式の場で住民に説明されたり、労働新聞の社説などメディアで取り上げられたりすることもない。つまり、金正恩が統一政策を放棄するという論理、正当性について、誰も言葉で説明できないし、住民を説得できる自信がないのだ。
その一方で、北朝鮮は15日、韓国を「敵対国家」だと規定した憲法改正に伴い、南北を繋ぐ京義線と東海線の道路の一部を軍事境界線北側付近で爆破した。金正恩は17日、朝鮮人民軍の前線部隊の指揮部を視察し、この道路爆破について、「ソウルとの悪縁を断ち切り、つまらない同族意識や統一といった非現実的な認識をきれいに払拭した」と強調。今後韓国を攻撃する場合、「同族ではなく敵国に対する合法的な報復行動になる」と主張したという。(読売新聞10/17夕刊)
17日には、南北を結ぶ道路を爆破したことを北朝鮮住民にも初めて公開したが、その際に使った、派手に土煙が舞う爆破の瞬間を捉えた写真は、韓国軍が撮った映像をそのまま盗用したものだった。こうした道路爆破の様子を住民に見せつけることで、もはや韓国との統一はなく、南側に逃亡することもできないという現実を住民に突きつけることになる。これまで北朝鮮の住民は将来の南北統一のために、今の貧しく辛い生活も我慢するように洗脳されてきた。しかし、南北統一の放棄によって、今までの我慢や苦労は何も報われることもなく、これからは金王朝存続のためだけの奴隷生活を強いられ、この先には何の希望も楽しみもない、絶望の暗闇だけが広がっている。そんな北朝鮮住民を救い出すために何ができるか、韓国や日本、世界の指導者は真剣に考える時が来た。
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