「社会への報復」が日常化、自暴自棄で暴走する絶望中国の現実

もはや常態化している「報復社会」事件

中国広東省で11月11日、市民がジョギングやスポーツを楽しむ珠海市体育中心(スポーツセンター)の構内にSUV車が侵入して暴走し、次々に人々を跳ね、死者35人、負傷者43人を発生させるという事件があった。暴走車を運転したのは62歳の男で、離婚訴訟に伴う財産分与の判決に不満を持っていた人物とされる。

それから3日後、江蘇省無錫市では陶器制作の専門学校で21歳の生徒が刃物を振り回し、8人が死亡、17人が負傷するという事件があった。生徒は卒業試験に合格せず卒業証書を手にできなかったほか、専門学校でインターンとして働いた際の報酬が支払われないことについて不満を抱いていたという。

いずれも個人的な恨みや不満を、簡単に社会や赤の他人に向けて転嫁し、晴らそうとする「報復社会(报复社会bàofùshèhuì)」といわれる事件で、近年中国では、この種の事件が多発し、社会問題になっている。

「生気」=抵抗力を失った「戻気」=暴力社会

そしてこの種の暴力事件に関連して「社会戻気(れいき)」という言葉もあることを知った。「戻気(戾气lìqì)」とは元々は中国医学(中医・漢方)で使われる言葉で、「生気(せいき)」つまり中医学的には「抵抗力」の反対の言葉「邪気(じゃき)」に相当し、中国語辞書では「横暴で残虐な恨みがましい偏った精神的な気分.残忍で何事にも手ひどく、極端に走りがちな心理或いは気風」とある。

6・4天安門事件で学生リーダーだった民主活動家・王丹氏は、珠海事件のあとに発表したコラム「現実となった暴力:社会戻気と集団心理の危機(现实中的暴力:社会戾气与集体心理危机)」(万維読者網「中国遼望」11/13)の中で次のように記している。

「中国社会ではもはや、暴力と戻気(邪気)はますます無視できない社会現象になったようだ。極端な事件や凶悪犯罪に限ったことではなく、これらは社会の隅々まで深く浸透し、多くの人々が生きていく常態となっている。日常的な言葉の衝突であれ、ますます激しくなる社会暴力であれ、いずれも安定感の欠如に伴って発生する集団心理的危機という1つの深い問題を反映している。最近発生した珠海暴走衝突事件の大惨事は、こうした集団心理的危機の最新の事例だ。」

「四無五失」と呼ばれる絶望社会の群れ

その集団心理の危機を象徴するものとして、いま「四無五失」という言葉が注目されている。

珠海での事件のあと、「四無(四无sìwú))」や「五失(wǔshī)」と呼ばれる人物を徹底的に調査・監視し、類似の「報復社会」事件の再発防止に務めよ、と叫ばれている。

因みに「四無」の人物(四无人員)とは、①配偶者がいない、②子供がいない、③仕事と安定した収入がない、④不動産などの資産がない、ことを指す。

そして「五失」の人物(五失人员)とは、①投資に失敗した人(投资失败)、②生活が自分の思う通りにうまく行かない人(生活失意)、③人間関係の調和を失ったひと(关系失和)、④心理的なバランスを失った人(心理失衡)、⑤精神的な調和を失った人(精神失常)、を指す。

こうした「四無五失」の人に対して、中国政府は今、地域の公安(警察)やコミュニティーつまり居民委員会(日本の町内会にあたる)が、普段からそういう人々をモニター・監視し、その家庭に入って問題を解決するなどの援助をするように提唱している。

日本的な感覚でいったら、こうした「四無」や「五失」の人たちは警察や地域の住民による監視の対象というより、行政による生活保護や医療介護の対象として社会全体で保護すべき対象というほうがふさわしい。

経済悪化⇒財政枯渇⇒情報制限で打つ手なしの悪循環

しかし中国では、ここ3,4年のコロナ事態で、人々の生活は激変し、投資の失敗や失業などで生活が困窮し、社会や家庭内での人間関係が崩壊した人々が増えている。さらに経済が苦境に陥るとともに地方政府の財政も悪化し、社会の底辺・基層にいる貧困層を支える資金も枯渇している。

人々の生活情況が悪化すると同時に、その悪化をくい止めるセイフティーネットも機能しなくなると、人々は絶望し、自暴自棄になるしかない。経済が悪化すると、いままで潜在化して見えなかった様々な問題が表面に浮上し顕在化するようになる。まるで地雷が爆発するようなものだ。

政府は事件の背景となっている問題を解決するより先に、問題を起す人物をコントロールしようと図るが、そのためには一人の人物の監視や管理に対して、常時4~5倍あるいはそれ以上の人手とコストが必要になる。しかし、経済が落ち込み、地方財政が困難になると、そうした人員に当てる予算はなく、そういう手段もとれなくなる。

問題が発生したとき、中国政府がまずやること、あるいは唯一できる対策としてやるしかないのは、事件に対する注目度を下げるために情報を制限することであり、関心を逸らすためになるべく知らせないことである。しかし、情報を公開しないと、事件の性格や背景も分からず、再発防止の対策もとりようがないという悪循環が生じる。

<中国まる見え情報局2024/11/17「中国で“車暴走”死者35人…無敵の人が中国に増えた理由」>

習近平政権はやはり、台湾侵攻を目的に空母や最新鋭ステルス戦闘機を配備するための軍事費や、ウイグルやチベット、モンゴルの人々を監視・弾圧するための巨額の公安維持費よりも前に、社会の基層できょうの生活に苦しむ国民を救済するために国家予算を使うべきだ。

19日には、今度は湖南省常徳市の小学校前で車が暴走し多数の児童をはねるという事件が発生した。早く手を打たないとこの国はいずれ内部から崩壊する。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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