韓国「事件の裏には必ず宗教?」の不思議

「武漢肺炎」をめぐる人類史的考察⑤

韓国南東部にある大邱(テグ)広域市は、人口規模では韓国4番目、人口250万人の大都市だが、まるで空爆でも受けて市民全員が地下シェルターに避難したかのような封鎖都市、ゴーストタウンといった雰囲気だ。街で活動しているのは白い防護服で全身を覆った陸軍兵士が横一列に隊列を組んで、路面に消毒液を散布する姿ぐらいで、街を歩く一般の人の姿はまったくない。

新型コロナウイルス感染者の急増を受けて、2月21日記者会見したクォン・ヨンジン市長は、涙ながらに市民に移動自粛、外出自粛を要請し、まるで戦争でも起きたかのような悲痛さだったという。

韓国での新型コロナウイルスの感染者は、3月2日0時現在4212人、ここ5日間連続で毎日500人以上という単位で増え続けている。このうち、大邱市内の感染者は3081人、大邱に隣接する慶尚北道が624人で、この二つの地域だけで感染者の88%が集中している。大邱市の発表では、3月2日現在、病院のベッドが追いつかず、市内の感染者3081人のうちの3分の2、2008人が自宅隔離状態で、自宅で隔離中に高齢者5人が死亡している。韓国メディアは、日本に寄港したクルーズ船上での感染拡大を日本の失策だとして盛んに嘲笑したが、いまや大邱こそ「陸のダイアモンド・プリンセス」状態、ウイルス培養都市なのである。

なぜ、大邱と慶尚北道に感染者が集中しているのかというと、そのほとんどが「新天地イエス教会」という新興宗教団体の信者とその関係者、または彼らと接触した人で占められるからだ。新天地イエス教会の大邱教会で行われたミサに参加した信者、それに慶尚北道清道の病院で行われた教会幹部の葬儀が参加した信者と病院関係者が感染者の中心になっている。つまり、いま大邱周辺でパンデミックの一歩手前のような状態にあるのは、この宗教組織が媒介となり感染ルートになったのは間違いない。3月2日時点の全国の感染者のうち、新天地イエス教会の大邱教会に関係した人は2418人、清道郡の病院に関係した人は119人で全体の60.2%を占める。

「中央事故収拾本部及び中央防疫対策本部発表」資料

「新天地イエス教会」は、信者数は20万人とも30万人とも言われ、韓国全土に1000か所に及ぶ教会施設を持つ、れっきとした教団だが、一方で、韓国の一般の人たちからは、カルト教団か、地下秘密教会としてしか見られていない。というのも、街中で道行く人に片っ端から声をかけ、最初は音楽を教えるなどといって誘い、いったん教会に入って脱会しようとすると脅迫されたり、多額の献金を要求されたりするとか、他の教会にスパイとして潜り込み、その教会の牧師を追い落とすような噂をばらまき、教会そのものを乗っ取ってしまうのだとか、メンバーはたとえ夫婦の間でも信者であることを打ち明けず、表向きは他の教会の信徒として登録しているのだとか、なにやら陰謀めいた、謎だらけの宗教教団なのである。

実は、この「新天地イエス教会」は、上海や武漢など中国にも海外支部があって、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは、武漢に住んでいる新天地教会信者は約200人で、彼らは武漢で最初の感染が広まっていた去年12月以前まで、武漢で定期的に集まってミサを開いていたと伝えている。韓国政府も、ことし1月以降にも「新天地イエス教会」の信徒が武漢を訪れていたことを確認しているという。つまり、韓国に持ち込まれた最初の新型コロナウイルスは、武漢との間を行き来した「新天地イエス教会」の信者によってもたらされた可能性がにわかに浮上したのである。

<KBSワールドラジオ2月26日「新天地イエス教会、12月まで武漢で集会 香港メディア」>

中国は、いま新型コロナウイルスは中国が発生源ではなく、外部から持ち込まれた可能性があるということを盛んに喧伝しているが、環球時報に至っては、「新天地が2018年に武漢に信徒を派遣して100人規模の事務室を開くなど潜入を試みたが、公安に見つかって強制出国措置を受けた」とし、武漢での新型コロナ発生と韓国の新天地を関連付けるような記事(24日づけ)を出している。<中央日報3/02「中国「韓国の新天地、武漢で活動」…「言い逃れ」超えて「責任転嫁」>

韓国の防疫当局は、「新天地イエス教会」大邱教会のミサや葬儀に参加した信者9000人の名簿を提出させて追跡調査を行ったほか、教団側から信者24万5000人、教育生と呼ばれる正式な信者でない人6万5000人の計31万人の名簿を入手し、未成年者と海外の信者を除く信者19万5000人と教育生4万4000人の名簿を各自治体に渡し、各自治体が電話による聞き取りで症状の有無を調査した。電話による全数調査で、症状のある人と分かった1万3241人に対しウイルス検査が行われているが、このうち大邱では検査が完了した信者4328人のうち62.0%が陽性だった。こうした全数調査を通じて、信者であることが分かった公務員や看護師も現れているが、信者であることを知られるのを恐れ、1日夕方までに電話調査を行った23万人の信者のうち9163人が未だに電話調査にも応じていないという。

ソウル市の朴元淳(パク・ウォンスン)市長は1日、「新天地イエス教会は感染拡大防止のため何の措置を取っていない。政府に提出した信徒の名簿も、虚偽記載や漏れがみられるなど、防疫当局の業務を妨害した疑いもある」という理由で、教祖のイ・マンヒ総会長(88)を含むこの団体の幹部らを殺人罪や傷害罪などの疑いでソウル中央地検に告発した。

その翌日、イ・マンヒ総会長は教団施設の玄関前に現れて記者会見し、途中で地面に跪いて土下座し、謝罪の言葉を繰り返した。髪の毛は真っ黒に染め、細身の小さな体で弱々しく、その声は震えて、ときどき裏返り、大教団を率いる指導者の威厳とかカリスマ性は微塵も感じられなかった。マスコミの反応といえば、そのとき彼の腕にあった金時計がアップで撮影され、朴槿恵大統領のサイン入りだったことがわかると、朴政権と深い関係にあり記念品としてもらった金時計だとか、いや当時の記念品は金ではなく銀時計だったので「100%ニセ物だ」などと、かまびすしく、相変わらず政治がらみの話にもって行きたがる傾向がある。

全国に蔓延したウイルスの脅威だけでも陰鬱なのに、それに謎めいた宗教組織まで絡んで、彼らが何をしているか分からないという理不尽さは、いっそう気分を滅入らせる。

こうした事態に、まるで韓国中が「セウォル号状態」だという嘆きの声も聞こえる。修学旅行の高校生など300人あまりが犠牲になった旅客船転覆沈没事故では、「船室に留まって静かにしていなさい」という指示に従った生徒達がそのまま犠牲となった。IT大国を自認し、デジタル技術を用いて感染症もよくコントールされているなどと米メディアに評価されて気分を良くし、文在寅は「感染症対策より経済を萎縮させないことだ」などとハッパをかけていた。国民とメディアはクルーズ船対応に追われる日本を横目に「それに引き換えて何という体たらくか」と、その下手な対応を揶揄していたが、その間に実は、目に見えないウイルスは秘密宗教の隠れ信者によって効率よくばらまかれていたのである。専門家の声を無視し、中国からの入国禁止措置をとらなかったことなど、対策実施のゴールデンタイムを逸したこと。それに朴大統領の「空白の7時間」と同じく指導者の不在が今回も問題になりそうなこと、つまり感染症対策より、別の政治案件、すなわち文政権の選挙不正などを捜査する検察に拘り合っていた政権の無能無策ぶりなどが、セウォル号事件との類似点として指摘されている。

【コラム】国全体がセウォル号だ=韓国>

それにしても、韓国という国では、大事件の裏には、何故か、怪しげな宗教団体の存在や暗躍が目立つのは、どうしてなのか。

6年前のセウォル号沈没事故では、セウォル号を運航していた船会社の実質的なオーナーは、おなじくカルト教団と認定されていた新興会派(キリスト教福音浸礼会、別名「救援派(クオンパ)」)の創始者であり、代表者だった(兪炳彦ユ・ビョンオン)。自身はパリなど海外にも多くの不動産を持つ億万長者だが、詐欺事件で収監されたり、信者32人が集団自殺した事件で取り調べを受けたりと、怪しげな行動で知られ、セウォル号沈没事件の後は姿をくらませた上、半年後、畑のなかで見つかった腐敗した変死体がその教祖のものだと見られている。

<The Huffington Post2014/04/25【韓国旅客船沈没】億万長者で宗教団体の創始者...船オーナーの素顔とは

朴槿恵前大統領の退陣に繋がった政治スキャンダル、いわゆる崔順実(チェスンシル)ゲート事件も、崔順実本人がシャーマン(祈祷師)だったと言われるほか、彼女の父親(崔太敏)もキリスト教系新興宗教団体「大韓救国宣教団」の総裁を務め、「救国祈祷会」という集会で祈祷師や説教師を務めていた人物である。その崔順実親子が朴大統領との関係を築いたのは、1974年8月、母親の陸英修女史がテロ狙撃犯の銃弾で死亡したあと、傷心の朴槿恵に近づき、祈祷や呪術を使ってその心の隙に入り込んだからだと言われている。

The Huffington Post1016/11/02「シャーマンに国を任せた」韓国で怒り広がる。朴槿恵大統領と崔順実氏を結んだ宗教とは>

政治と宗教といえば、朴大統領を退陣に追い込む最初のきっかけは、2013年12月、「天主教正義具現司祭団」というカトリック組織が「時局ミサ」と称して各地で開催した「政治宗教集会」だった。結局、これがその後の「ろうそくデモ」という名の市民運動につながった。つまり朴槿恵弾劾の引き金を引いたのはこの団体だったのである。

昨年秋から毎週土曜日に、光化門広場で行われている「反文在寅集会」は、キリスト教や仏教など幅広い宗教団体が参加してつくった「文在寅下野せよ1000万人署名運動」という組織が主催している。チョ・グク前司法長官の辞任を求める去年10月の集会では、光化門からソウル市庁前までの大通りとその周辺の歩道を埋め尽くし300万(主催者発表)とも言われる人を集めた。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、ソウル市は光化門広場などの使用を禁止し、大規模な市民集会の開催を事実上、中止させようとしたが、ソウル市の発表の翌日、2月22日の土曜日にも、この団体はいつものとおり数万人の市民を集めて集会を開き、文在寅政権とともに同じ革新系で集会禁止令を出した朴元淳ソウル市長を批判のやり玉に挙げた。

感染症への恐怖から多くの市民が外出を自粛するなかでも、光化門広場の土曜日は巨大スクリーンとスピーカーがあちこちに設置され、鳴り物入りの演説や歌の大合唱など相変わらずの騒音に満ちている。それを「広場民主主義」だと自慢する人々もいるが、やはりソウルは世界での最も騒がしい政治都市だと思う。

かつて東学党という宗教運動組織があり、朝鮮王朝末期から日本統治時代にかけて、大衆を動かして政治を変えるのに大きな役割を果たし、その時々の時代状況のなかで自ら政治改革にも関わり、政治に翻弄され、何度か苦い挫折も味わった。東学党は、厳しい身分制度のなかで取り残された下層階級の支持を受け、急速に勢力をつけると、国王や両班といわれる特権階級の批判勢力となり、外国勢力を排斥する反乱組織となった。ついには1894年、彼らの反乱を鎮圧する目的で、日本と中国の軍事的介入を招き、日清戦争を引き起こす発端となった。その後は、一転して日本への協力姿勢を示し、親日団体の一進会と合流。日本による韓国の保護国化を歓迎し、1904年日露戦争では東学党員27万人を動員し、鉄道建設や軍需品運搬などで日本に協力した。しかし日韓併合後、政治活動を禁止され、一進会は解散。東学党はその前に「天道教」と名前を変えて存続し、いまもその大教堂の建物はソウル市鐘路区にある。一方、指導者のひとり、孫秉煕は1919年の3.1独立運動では独立宣言文の起草者の一人として名前を連ねている。3.1独立運動で独立宣言文が読み上げられたソウルのタプコル公園(旧パゴダ公園)には、その功績が称えられ、彼の銅像が建っているが、かつて日韓併合に積極的に協力した人物が独立運動の指導者でもあるという不思議。その振れ幅の大きさを考えると、韓国における宗教と政治の関係、その大衆動員の方法と政治改革の進め方など、考えるテーマはいろいろとありそうだ。

いずれにしても、大きな事件や、政治的な変動があるごとに、何らかの形で宗教が介在しているという韓国特有の現象、構図について、韓国人自身がもっと自らを省みて、その背景を理性的、客観的に分析し、それこそ人類史的、文明論史的に究明する必要があるのではないか。

光化門広場での「反文在寅集会」(2月22日)

下の写真は、「コロナウイルス感染防止のため集会禁止」を訴えるソウル市の告知と警察官

「東学党」は「天道教」と名前を変えた。今もある天道教中央大教堂 

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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