南シナ海問題で、国連海洋法条約に基づきフィリピンが中国の違法性を訴えた仲裁申し立てに対する裁定がまもなく出される。しかし、中国は仲裁裁判の手続き自体を無効だと主張し、いかなる裁定が出されようとも無視する構えを貫いている。一方、法の支配と航行の自由を主張し、力による解決を否定する日・米など国際社会は、中国が裁定を受け入れ国際法のルールに従うよう圧力をかけている。
ところで仲裁裁判所の裁定が下されるのを前に、この海域での軍事力を誇示し、実効支配をアピールしようという米・中双方の海軍の活動が強まっている。中国海軍は8日、南シナ海のパラセル(西沙)諸島付近の海域で、軍艦100隻と航空機数十機、それにミサイル部隊が参加して実弾演習を行った。一方、アメリカ太平洋艦隊は6月30日、空母ロナルド・レーガンなど第7艦隊の艦船による警戒監視活動を南シナ海で実施していることを公表。米海軍幹部は、今回の南シナ海での活動は「すべての利用者に開かれた海を維持するため」のものだとしている。(【緊迫・南シナ海】中国ピリピリ 仲裁裁判所の裁定、中国側に不利な判断の公算大)
今回の仲裁申し立てで、フィリピン政府の訴訟団を率いたアントニオ・カルピオ最高裁判事が産経新聞と単独会見し、中国が南シナ海の領有権を主張するため持ち出した「九段線」について、その主張が無効だと認められなければ、南シナ海は「無秩序に陥る」と警告を発したという。この問題で、フィリピンは1995年から中国と2国間協議を続けたが、何の進展もなく、2012年には、北部ルソン島のEEZ内にあるスカボロー礁も奪われた。「中国を本気で交渉のテーブルに引きずり出すには、国際司法判断が有力なツールになる」と考えたのが、仲裁裁判所の申し立てた理由だという。
中国は『九段線』を領有権の“歴史的”根拠と主張している。しかし、仲裁裁判では、島などの領有権に関する判断はしない。そもそもUNCLOSが考慮するのは、『島』か『岩』かといった地形についてであり、中国がいう『歴史』は考慮の対象ではない。フィリピンの主張は、「中国が造成した人工島を含めた南シナ海の複数の地形は、満潮時には海面下に沈む低潮高地の『岩』であり、EEZなどの権利は発生しないという立場(つまり国連海洋法条約の規定を守る立場)だ」。
かりに仲裁裁判の裁定で『九段線』に関する直接的な言及がなくとも、『フィリピンのEEZと重複する他国の権益海域(つまり島)は存在しない』などと結論づけられれば、『九段線は無効』と宣言されたのと同義となる。しかし、裁判所が「九段線」に全く言及しなければ「最悪のシナリオだ。裁定は最終審判断で、上訴などの制度はない。力による中国の一方的な現状変更が“お墨付き”を得て、南シナ海は無秩序に陥る。法の支配で海の安定を保つというUNCLOSは、有名無実化して不要になる」とカルピオ最高裁判事は語る。
(産経新聞7月9日「中国の主張認めれば無秩序に陥る」仲裁裁判所の裁定を前にフィリピンの最高裁判事が警告)
<国連海洋法条約>
問題整理のため、国連海洋法条約の中身について、ビル・ヘイトン著「南シナ海―アジアの覇権をめぐる闘争史』の記述を参考に、以下にまとめてみる。
1973年12月3日、国連加盟国がニューヨークに集まり、新しい国連海洋法条約(UNCLOS)の起草に取りかかった。その議論を特徴づけたのは当時の政治状況だ。ベトナム戦争は終盤を迎え、中華人民共和国は国連に加入したばかり、逆に中華民国台湾は国連の座席を失ったばかりだった。国連海洋法条約の会議は、資本主義国と共産主義国とが冷戦の議論を行う場となっただけでなく、海の自由を支持する国と、他国を締め出したい(そして自国の資源を独占したい)国とが議論を戦わせる場ともなった。(p160)
外交官たちが議論している横で、原油価格はあがり、技術が進歩するつれ、各国は沖合での石油採掘権を売りに出し、探査会社ははるか沖合で調査や試掘を行うようになった。国連海洋法条約は、南シナ海の賭け金を大幅につりあげたのである。(p160)
1982年12月10日、ジャマイカのモンテゴベイでついに交渉が終わるころには、世界中ですでに合意ができあがっていた。岸から12カイリ(22キロ)を領海、200カイリ(370キロ)までを排他的経済水域(EEZ)として主張することができ、またその先の「延伸大陸棚」まで主張できる場合もある、ということになった。
何をもって領土と見なすか見なさないか、という問題についても、おおよその大原則が考案された。国連海洋法条約では、海中の陸地を3種類定義している。「島」は人間が居住できるか、あるいは経済生活を営むことができるもの。「岩」(高潮時に海面から出ている砂洲や岩礁も含む)は、そのどちらもできないもの。そして「低潮高地」は干潮時のみ海面に顔をだすもの。
島は領土として認められ、12カイリの領海と200カイリのEEZの両方が生じる。岩は12カイリの領海を生み出すもののEEZは生じない。低潮高地からはどちらも生じないが、ただし、それが領土や岩の12カイリ以内にある場合は、領海およびEEZを測定する基点として用いることができる。
フィリピン政府は南シナ海問題を仲裁裁判所に提訴するに際して、従来の『歴史的権利』に関する議論は打ち切って、海洋法条約に基づいて議論の仕切りなおしをしようと試みた。フィリピンは、ハーグの常設仲裁裁判所に20ページの文書を提出したが、そこに明確にされているとおり、フィリピンが求めていたのは歴史的な領有権に関する判断ではなく、また海上の国境線を定めることでもなかった。純粋に、どれが島でどれが岩礁であって「領土」として分類できるか、そしてまたそこから法的にはどんな種類のゾーン(『領海』なのか「EEZ」なのか)が引けるのかということだった。フィリピン政府が期待したのは、中華人民共和国が実効支配している場所は、いずれも人間の居住または経済活動を維持できる島ではなく、したがって排他的経済水域は生じないと判断されることだった。(P161)そして、たとえ中国がその海域で「岩」を所有しているとしても、周囲の海域に対する権利は最大でも半径12カイリの範囲に限られる。とすれば、フィリピンは自国のEEZ内の油田を開発したり魚を獲ったりできることになる、という計算だった。
ごくごくお穏便で、合理的な主張だと思うが、前回とりあげた「いかなる国も中国に対し、裁定に従うよう強制してはならない。とりわけフィリピンが挑発的な行動を取れば、中国は決して座視しない」と威嚇した戴秉国(中国の元外交責任者)の盗人猛々しいごろつき発言こそ、決して座視するわけにはいかない。
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