南シナ海仲裁裁判「反論」文書に反論する③

(中国人だけが島に暮らしていた証拠とは?)

<数多くの外国文献には長期にわたって中国人だけが南沙諸島で生産し生活していた事実が記録されている。

15.1868年に出版された英国海軍作成の『中国海水路誌』は、南沙の鄭和群礁について言及した際、「海南の漁民は、ナマコ、貝類を捕って生計を立てており、各島には全て彼らの足跡が残り、また島嶼・礁に住み着いている者もいる」

16.1933年9月にフランスで出版された雑誌『彩色植民地世界』は次のように記している。南沙諸島の9つの島には中国人(海南人)だけが住んでいて、中国人以外に他国の人はいない。当時、西南島(南子島)には計7人の住民がいて、そのうち子供は2人。帝都島(中業島)には計5人の住民がいる。>

南シナ海の島嶼に島に暮らしていた住民が「中国人だけ」だとなぜ証明できるのか?

「中国政府」は、それらの島に自国民がいて、彼らを有効に管理していたことを示す住民登録や戸籍簿などの公的記録があるのだろうか。そもそも、そんな公文書などないから、英仏の外国の記録に頼るしかないのでないか。「1933年」といえば、すでに近代国民国家であった日本では、台湾・朝鮮半島を含めて住民登録、土地登記簿も整備され、有効に国土・国民を管理把握していた。中国はそれに反して、いわゆる戸籍に載らない「黒孩子」(闇の子)の存在や農村から都市に流出した出稼ぎ労働者の存在を考えると、今にいたるも住民登録や戸籍制度が十分に整備されているとは言えない。また正確な人口統計は、各種の経済指標、統計データを算出する上での基礎となり、行政サービスなど政策目標を決める上でも必要なデータだが、中国では正確な人口調査、信頼が置ける国勢調査(センサス)が行われているとはとうてい思えない。

たとえば中国の農村の女性は、「何番目の娘」、「誰それの未亡人」などという呼び方しかなく、20世紀半ばまで、国民ひとり一人の名前を把握するのも困難な時代があった。中共政権は、いわゆる「南京事件」で「30万人」以上が「虐殺」されたというが、その「虐殺」された犠牲者のなかで名前が分かっているのはせいぜい1万6000人に過ぎないという。南京事件を半世紀以上も研究している歴史学者で、南京大学「南京大屠殺研究所」所長を勤める張憲文氏が、2014年12月、北京の夕刊紙「新京報」のインタビューでそう答えている。

「专家:南京大屠杀30万遇难者仅找到1.6万个名字」(博訊新聞網2014年12月12日)http://www.peacehall.com/news/gb/china/2014/12/2014121206...

広島・長崎の原爆犠牲者や沖縄戦の戦没者の数は、個人個人の名前が積み上げられ、「死没者名簿」として公表され、死亡者数が確定されている。一方で、当時の中国では戸籍制度が整っておらず、個人を特定できる名前さえない女性が多かったことなどが、南京事件の犠牲者リストがないことの言い訳に使われている。いかに言い訳しようとも、「30万人虐殺」を具体的に裏付ける証拠がない限り、「南京大虐殺」は「まぼろしの」という形容詞をつけて呼ぶしかないだろう。

それと同様に、南シナ海の絶海の孤島に「中国人」が暮らしていたというなら、その人たちが「中国人」だとということを証明する具体的な住民の名前、行政機関が彼らを管理していたことを示す住民登録票、戸籍簿の類を提出すべきであろう。さらには、南シナ海の島々には、「中国人だけが生産し生活し」、「中国人以外に他国の人はいなかった」と、どうして言えるのか、その根拠を示すべきだ。彼らの主張の根拠は「1868年に出版された英国海軍作成の『中国海水路誌』」や「1933年9月にフランスで出版された雑誌『彩色植民地世界』」といった英仏の出版物の記述であり、中国ではなく外国人の記録だから客観的で正確な情報だとでも言いたいのか。

何度でもしつこく指摘するが、南シナ海とその沿岸地域(現在のベトナム、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどの地域)は、古くからヌサンタオ(「南の島の民」)と呼ばれ、オーストロネシア祖語を話していた人々が海を自由に行き来し、交易や漁業を行い、文化や技術を伝播しあった地域であり、のちに「港市国家」(Port Polity)と呼ばれる一群の王国や古代都市国家、たとえばインドシナ半島を治めた扶南やチャンパ王国、インドネシアにかつて繁栄したシュリーヴィジャヤ王国やマジャパヒト王国、タイのアユタヤ王朝、それに大航海時代の東西交易の中心を担ったマレーシアのマラッカ王国、そうした有力な「港市国家」が興亡を繰り返しながら、互いに文化的な交流を行い、ネットワークを作った場所だった。そして、それらに共通に見られるのは、インドのヒンドゥー文化や仏教文化の色濃い影響であり、中国文化、中華文明は影さえ残していないという厳然たる事実である。

(ウィキペディア「港市国家」)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%AF%E5%B8%82%E5%9B%BD%E5%AE%B6

南シナ海の周辺沿岸部では、シナ世界とはまったく異なる文化や言葉をもつ人々が広く生活を営み、海を越えて互いに交流していた事実があるのに、海の真ん中の島々には中国人しかいなかったなどということが、どうして信じられるだろうか。中共政権の主張は、明らかに無謀であり、合理性に欠け、こうした主張をごり押しする彼らには、むしろ傲慢さしか感じない。仲裁裁判所の結論に世界の人々が納得し、溜飲を下げるのはけだしもっともなのである。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

0コメント

  • 1000 / 1000