若者との対話①中国とどう向き合い付き合えばいいのか

来年、大学に入って中国語を学ぶことになる姪の娘、18歳の若者のために、ここ最近、いろいろと考えさせられることになった。入学試験の願書に書く志望動機はどう書くか、面接のために何を準備したらいいか、など相談されたからだ。

それにしても、最近の香港の状勢や米中対立の状況をみるだけでも、これから中国語を学び、将来、中国と何らかの形で向きあい、付き合わなければならない若者にとって、中国語を学ぶということは、どういうことなのか、そのインセンティブ(意欲)を引き出し、モチベーション(やる気)を維持するだけでも、たいへんだと他人事ながら、考えててしまう。

とりわけ、きょう2020年12月2日、香港の裁判所で民主活動家の周庭(チョウ・ティン/アグネス・チョウ)さんの禁固10か月の実刑判決と収監が決まった。周庭さんの24歳の誕生日を翌日に控えての判決で、判決を聞いた瞬間、周庭さんは肩を振るわせて、むせび泣き、大粒の涙を流したという。

周庭さんはといえば、2014年の「香港雨傘革命」の時、わずか18歳の時から香港の学生運動の先頭にたって活躍してきた学生リーダーであり、日本語を上手に話すため、日本向けの新聞やテレビにしばしば登場してインタビューに答え、またツイッターなどSNSでも日本語で発信して、香港の状況を日本や世界に発信し続けてきた人として日本では知られている。普段は、日本のアニメやJ-POPが好きなごく普通の若い女性にすぎない。

しかし、同じ裁判で禁固13か月半の懲役刑を受けた黄之鋒(ジョシュア・ウォン)さん(24歳)とともに、ここ数年、香港で盛り上がった香港人の権利と自由を求める市民や学生たちのデモ集会の先頭に立ち、香港の民主化運動を代表する象徴的な人物、というだけでなく、いまや世界の民主化運動に影響を与える重要人物ともなっている。

黄之鋒さんと周庭さんは、かつて台湾の「ひまわり学生運動」と連帯し、交流したほか、今は、タイの王政と軍事クーデタ政権に抗議してデモを行なっている若者たちが理想とする民主化運動の象徴的なリーダーとなっている。台湾の「ひまわり学生運動」は2014年、国会にあたる立法会の議場を占拠し、中国とのサービス貿易協定の白紙撤回を求めた運動で、1990年、台湾議会の戦後長い間の悪弊だった終身議員の撤廃に繋がる「野百合運動」と同じく、民主化を求めて立ち上がった台湾学生運動の成功体験例として知られる。

いずれにしても、今の若者たちにとって、とりわけこれから中国語を学び、中国と向きあう必要のある若い人にとって、同世代に周庭さんのような存在を抱え、時空を共有するということは、自分が生きる時代と世界を考える上で、さまざまな思考材料を与えてくれるに違いない。

今回、これらの人たちが有罪判決を受けたことによって、中国や香港に関心を持つ世界中の人たち、民主主義や政治的自由について関心を持つ市民から、世界各国の指導者や政治家まで、このニュースに注目し、周庭さんたちの今後を含めて、今後の香港にますます関心や注意を注いでいくことになるだろう、と姪の娘にはこのニュースの重要性を伝えておいた。

ところで、大学入試の面接を前にして、面接で聞かれるかどうかはさておき、中国や香港の現状について多少、理解しておいてほしいと思い、この間、以下のように文章を姪の娘に届けていた。

<香港って、何が問題なの?>

香港は、1997年までイギリスの植民地でした。イギリスと中国が戦ったアヘン戦争(1840年と1860年)で、中国が敗れたため、その賠償として香港島と対岸の半島の一部がイギリスに割譲されました。

「割譲」によって、永久的にイギリスの領土となり、返す必要のない土地でした。

しかし、「香港(香港特別行政区)」の土地の92%は割譲ではなく、99年間という期限付きで中国から借りた土地(租借地)でした。「新界」と呼ばれる中国との境界に近い地域です。

イギリスは、本当は、永久割譲された香港を中国に返したくなかったのですが、新界の租借期限が切れる1997年に、香港島も含めてすべて一緒に中国に返すことにしました。香港島や半島の一部だけをイギリス領として残しても、水や食糧はすべて新界地区や中国に頼っていたため、水道や食糧が断絶されたら香港の人々は生きていけなくなるからです。

ところで香港は、「自由貿易港」として関税がないため、中国大陸やアジアとの中継貿易の拠点として世界中の物資が集まり、取り引きする拠点となり、また世界有数の株式市場があり、世界各国の銀行が香港に支店を置いていたため、世界中からお金が集まり、取り引きされるアジア最大の金融都市として発展しました。

香港を中国に返還するにあたり、イギリスはそうした香港の優れた地位と機能を残したいと希望しました。そのために中国と粘り強い外交交渉をおこない、香港が中国に返還されるための条件を整えました。

中国は共産主義・全体主義体制で多くの自由が制限されているのに対し、香港は資本主義・自由主義経済体制で、自由な貿易や金融、つまりモノやおカネ、ヒトや情報が自由に行き交うことによって、富や価値が生まれるという社会です。

イギリスは、香港が中国に返還されたあとも、香港の資本主義制度、自由な経済・社会体制はそのまま残すことを返還の条件としたのです。

香港返還をめぐるイギリスとの外交交渉のなかで、中国も、返還後50年間は香港の社会体制や経済制度、人々の生活様式を変えないと約束し、これを「一国2制度」と呼びました。「一つの国の中に、中国と香港という異なる2つの制度が共存することを認める」という約束です。

中国がこうした約束をすることによって、1984年にイギリスと中国による「英中共同声明」が結ばれ、1997年に香港が中国に返還されることが正式に決まりました。そしてイギリスは、香港が返還されるまでの間に、香港の現在の自由な体制が引き続き守られるようにさまざまな準備や制度の変更を行いました。その一つは、香港市民が選挙で議員や行政のトップを選ぶことができる政治的な権利の拡大でした

返還に備えて制定した「香港基本法」という法律では、返還から10年ぐらいまでの間に香港の「首相」にあたる行政長官を香港市民の直接投票で選ぶと決められています。香港市民も大規模なデモを行なって直接選挙実現を求めました。しかし、これは中国政府の反対で実現していません。

かつて香港の人たちは、香港が中国に返還され、中国と一緒になることで、香港が中国に民主主義などの政治制度を教え、中国の体制を変えることができると考えました。しかし、中国は香港がそうした民主化運動の拠点となり、中国政府に敵対するようになることに警戒するようになりました。

その結果、今年、施行されたのが「香港国家安全維持法」という法律です。この法律では、「香港の独立」を叫んだり「中国政府に反対する」と声を上げただけで逮捕されます。また外国の反中国的な団体や組織に協力したり、一緒に活動したりすることを禁じています。この法律によって、いま香港では民主化活動家が起訴され裁判にかけられたり、民主派の議員の人たちの議員資格が奪われたりしています。

「一国2制度」、返還後も50年間は香港の体制を変えないという約束は2047年まで続くことになっていますが、その約束はすでに破られたというのが、大方の見方で、中国に厳しい批判の目が注がれています。

<中国とアメリカは、なぜ対立しているのか>

中国は1949年に建国して以来、中国共産党による一党独裁体制が敷かれ、長い間、共産主義の原則を重視し、資本主義的な制度を排除するという独自の経済路線がとってきました。その結果、経済は発展せず、国民はみな等しく貧しい状態に置かれてきました。

1990年代になると「改革開放路線」といって、市場経済や民間企業の導入など資本主義的な「経済改革」を進め、外国からの投資や外国企業の中国進出を積極的に進める「開放政策」をとるようになります。

共産主義の原則を捨てて、経済的な自由を認めることによって、ある程度、貧富の格差が生まれても、条件の整った人々から先に豊かにするという政策に変えたのです。

こうした中国の改革開放政策に、アメリカや日本など西側諸国も積極的に協力し、中国に多くの工場をつくり、先進的な生産技術を中国側に教え、中国の経済発展を支援するようになります。

アメリカが中国を積極的に支援するようなったのには、ひとつの理由、というか「期待」がありました。中国の経済が発展し、中国の人々が豊かになって、教育が進み、自由に考えられるようになれば、経済的な自由だけではなく、政治的な自由、つまり言論や思想の自由など基本的な人権を要求するようになり、それによって中国の政治体制が民主化されるのではないか、という「期待」でした。

しかし、実際はそうはなりませんでした。

むしろ中国は経済が発展し、強大な経済力を身につけることによって、アメリカに対抗し、唯一の超大国というアメリカの地位をおびやかす存在になりました。

中国は建国100周年の2049年を目標に、軍事力でも経済力でもアメリカを超えて世界一の実力を持つことを国家目標としています。

そのための手段として、中国が掲げている戦略が、次世代通信技術や産業用ロボット技術、新エネルギー、自動運転

車、宇宙開発などの10の分野で最先端の科学技術を手に入れ、世界トップの製造大国になるという目標(「中国製造2025」)です。

アメリカが中国と対立している理由の一つは、中国が手に入れた、あるいは手にいれようとしている科学技術の多くが、アメリカの企業や大学から不法な手段で盗み取った技術だと見ていることです。中国からアメリカの大学には大量の留学生が送り出されているほか、アメリカ企業のコンピューターのなかに侵入して特許情報などを盗みだすなどのスパイ事件が頻発しています。そうしたスパイの拠点になっているとして、アメリカ政府はことし、テキサスにあった中国領事館を閉鎖する措置をとりました。

中国は次世代通信技術5Gでは世界のトップを走っていて、中国の通信機器会社ファーウェイ(華為)はすでに多くの国に自社の通信設備を輸出しています。しかし、アメリカはこのファーウェイの通信設備によって、軍事機密など秘密の情報が中国に漏れ出していると疑い、日本など世界各国にファーウェイの通信設備を使わないように要求しています。

中国はまた、中国の製品を輸出し、貿易や投資などで親密な経済協力関係を持つ友好国との間で、同盟関係を築き、それらの国々をまとめて、中国中心の経済圏(「一帯一路」)をつくろうと計画しています。これもアメリカが警戒する点の一つです。中国が中心になって経済圏をつくることで、中国が主導して中国に有利な経済ルールをつくろうとし、中国の影響力を拡大しようとしていると警戒しているからです。

中国に対するアメリカのこうした考え方・見方は、大統領がトランプからバイデンに代わっても変わりはないとみられています。むしろバイデン氏のほうが、香港問題や、中国が厳しい管理・思想統制をしているチベット・ウイグル人の人権状況などで、より厳しい態度をとる可能性があります。今後も中国とアメリカの対立に対しては目が離せない状況が続きそうです。

以上が、受験生の姪の娘に送ったメールの一部だ。これが面接の参考になるかどうか、そもそもこんな政治的なニュースが面接の話題になるとは思えない。しかし、これから中国と向き合い、中国と付き合っていくかぎりは、これぐらいのことは常識として押さえておいて欲しかったからだ。若者との対話は、このあとも続く。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

0コメント

  • 1000 / 1000