習近平「独裁皇帝」の誕生は恐怖政治と動乱の始まりか

世界が釘付けになった強制退去シーン

習近平という「独裁皇帝」誕生の瞬間を、世界は驚愕するような映像で一斉に目撃することになった。まるで文化大革命のとき、党の長老が大衆の面前で袋叩きに遭い、連行され引き回されて屈辱を受けるような光景だった。

中国共産党第20回党大会の最終日、22日の閉幕式で、前の党総書記・胡錦濤氏が強制的に退場させられた。映像からは何が起きたのか、何が話されているか、いまだにはっきりしないが、外国メディアが人民大会堂の党大会会場のなかに入るのが許された直後に起きた出来事であり、テレビカメラのマイクに録音された無数のカメラが激しくシャッターを切り続ける音こそ、会場中央の壇上で今まさに起きている事が、いかに尋常ではなく、これまでの共産党の歴史の中でも前代未聞の異常な出来事かということを如実に示していた。

シンガポールのテレビCNA(チャンネル・ニュース・アジア)が最初に捉えた映像には、左隣りに座った栗戦書が胡錦濤の耳元にしきり話しかけ、胡錦濤の目の前に置かれた書類に手を置いて、赤い表紙で覆って見せないようにしたり、書類を胡錦濤氏から引き離して取り上げようとしている様子が映っている。

それと同時に、右隣の習近平が秘書を呼び、警衛団のスタッフに何かを長々と指示を出している姿が見える。

そのあと警衛団のスタッフは、胡錦濤の右腕を抱えて立ち上がらせようとしたり、両脇に手を入れて抱え上げようとしたりするが、胡錦濤は頑なに抵抗し席に留まろうとした。胡錦濤がようやく立ち上がるまでに、この間50秒ほどがかかっている。さらに立ち上がってもその場を離れることに抵抗を示し、先に取り上げられた書類などを指さして、しきりに書類の中身を気にしている様子やスタッフとやりとりしている様子が見える。その後、習近平の後ろに近づき何やら厳しい表情で声をかけ、そのあと李克強の肩をポンと叩いて、歩き出すまでに、ふたたび50秒ほどの時間がかかっている。自らの足で足早に立ち去るその姿からは、中国側がいう「体調不良が理由」などという様子は微塵も窺うことはできなかった。

外国メディアに敢えて見せるための演出だったのか

問題のシーンは、党大会最終日の22日午前、第20期の党中央委員会と規律検査委員会を選出する選挙が行われ、その次の、党規約改正の承認という次の議題に移る前に起きた。そして、この間に会場の外で待機していた外国メディアの入場も許された。

強制退去という事件は、全国から集まった党代表2300人の目が、壇上中央、大会主席団が座るひな壇の目の前、政治局委員や古参幹部らが壇上の一番前の列に居並ぶ真ん中で繰り広げられる異常な様子に釘付けとなっているなかで起きただけではない。会場に外国メディアの入場が許され、彼らが構えるカメラが一斉にシャッターを切り、その音が激しい雨音のように響きわたり、フラッシュが稲光のように瞬き続けるという中で起きた。つまり、この異常な時間と空気が外国にもそのまま筒抜けになっていることを、会場の党幹部や党代表全員が自覚しているなかで行われた強制退出劇だったのである。

共青団というエリート派閥が消滅した瞬間

しかし、不思議なのは、これほど尋常ではないことが発生しながら、会場の誰ひとりとして声を発したり、どよめきが起きるわけでもなく、中央に居並ぶ政治局メンバーらに至っては、何が起きているのか、胡錦濤のほうに目を向ける人もほとんどおらず、ただ前を見て無視している様子がありありと見えた。

隣りの栗戦書だけは、胡錦濤にしきりに話しかけ、立ち上がろうとして隣りの王槴寧に止められたり、額の汗をハンカチで拭ったりして落ち着かない様子だったほかは、右隣りの習近平は何事もないように平然とし、表情ひとつ変えることもなく、笑みさえ浮かべて座っていた。

またその右隣りの李克強首相と汪洋政治協商会議主席の2人は前を見つめたまま固い表情で、胡錦濤のほうに目を向けようともしなかった。2人はこの直前に行われた選挙で、党中央委員に選出されることもなく完全引退が決まっていた。

それだけではない、胡錦濤が自ら退出する覚悟を決め、足早に歩いて壇上をあとにする際も、居並ぶ幹部たちは胡錦濤を振り返って見たり、挨拶を送るわけでもなく、完全に無視する形だった。

その中には、胡錦濤政権時代、首相を務めた温家宝や、今回、政治局委員からも降格させられた胡春華の怒ったような表情で腕組みをする姿もあった。いずれも共青団(共産主義青年団)のホープと言われ、中国を最前線で担うテクノクラートたちだったが、胡錦濤の会場からの強制退去という異常シーンが象徴するように、李克強も汪洋も、そして一時期は次期首相候補とも目された胡春華も含めて、共青団出身者、いわゆる「団派」が完全に一掃され、習近平一強の独裁長期政権の確立を内外に示す瞬間でもあった。

前代未聞の仕組まれた党内クーデタ?

この胡錦濤強制退去について、各国のメディアやチャイナウォッチャー・中国専門家たちの間では、いまだにその真相と背景を探る動きが続いているが、納得がいくような結論には達していない。そうした中で、石平氏が示した党内人事をめぐる「習近平クーデタ説」がもっとも説得力があるような気がする。

「石平の中国週間ニュース解説・党大会緊急特番」10月23日“胡錦濤強制退場事件の背後 習近平・王滬寧「奇襲クーデター」か”>

それによれば、8月の北戴河会議では、習近平の3期目続投を認める代わりに李克強と汪洋の留任も認められた。そして10月18日に党大会主席団第2回会議で、大会秘書長の陳希中央組織部長が新しい中央委員会委員の候補者名簿を各代表団に提示し説明した際にも李克強と汪洋の名前はあった。

さらに10月21日第3回大会主席団会議で「中央委員会委員名簿」(草案)として候補ではなく確定のメンバーとして承認された草案にも李克強、汪洋の名前はあったという情報がある。しかし、その日の午後、最終案に対する各代表団の「討議・吟味」が行われたなかで、習近平子飼いの子分がトップを務める上海、天津、重慶の3つの直轄市の代表団が「新しい中央委員会はもっと若返りを図るべき」という意見が出て、李克強、汪洋などを名簿から排除すべしという意見で一致。

そして翌日の22日午前、閉幕式において配布された中央委員会名簿の最終版には李克強、王洋の名前はなく、本人たちもこの時、初めて知ったとされるが、大会の進行を務めた習近平の強引な進行によって満場一致で承認された。

まさに奇襲作戦であり、北戴河会議の合意を覆した習近平のクーデタだった。名簿採択前後に唯一抵抗したのが胡錦濤で、再討議を求めたが、発言は封じられたという経緯だった。

「習近平一強時代」を内外に見せつけるための演出?

それにしても異常なのは、会場の党代表たちが誰ひとりとしてこの異常事態に驚きの声を上げたり疑問の声を発したりする人間が1人もいなかったという事実の他に、外国メディアが会場に入るのを許された直後に起きた出来事だという事実だった。

何よりも「体面」を重んじ、面子(メンツ)、つまり外面のプライドや体裁にこだわる民族が、海外メディアが会場に入る段階でこんな出来事、面子が潰れるこんな不手際を起すだろうか。見方によっては、海外メディアにも晒すように、この段階を狙って敢えて強制退去シーンを仕組んだ疑いもある。

なぜ、そんなことをするのか?「中国共産主義青年団」(共青団)というエリート集団の勢力を党内から完全に「根絶やし」したことを内外に強烈に印象づけ、「習近平一派」という一強一独の独裁体制を確立させたことを内外に宣言するためだ。

習近平が属する「太子党」という高級幹部子弟とは違って、共青団は出自に関係なく、将来の党幹部に育てるため優秀な子供らを集めて作った少年先鋒隊から始めて、14歳から28歳までエリート教育を受けてきた「たたき上げ集団」であり、北京大学や清華大学など優秀な大学を卒業したテクノクラート集団でもあった。

歴代の共青団トップの第1書記には、1953年から78年まで四半世紀にわたって第1書記を務めた胡耀邦をはじめ、胡錦濤や李克強、胡春華などが名前を連ねる。しかし共青団の退潮は、前回2017年の党大会の時点で決まっていたとも言われる。それだけ、習近平にとって、エリート意識が強い共青団は自分とは異質な目の上のたんこぶであり、侮れない独自のネットワークをもつ共青団は、潰さなければならない対象だったのだろう。

沈黙する党代表、異論を封じられた国民

それにしても異常なのは、抵抗する胡錦濤の強制退場の様子を2300人もの全国党員代表が一部始終を目撃し、壇上に並んだ主席団や政治局員らが間近に見ていながら、誰も何の声も発せず、沈黙を守り、あるいはいっさい見ようとせず、「我関せず」を貫く姿だった。習近平の共産党とは、いっさいの異論を認めない組織なのだということがこれで分かったが、あれほど自己主張が激しく、いつもは我先にと騒がしい中国人がなぜだと考えさせられる。

識者によっては、習近平一強時代は、安定のためには同質化が必要とされる時代で、異論を許さない、同質化できないのなら出て行け、という恐怖政治の時代でもあるという。

習近平という独裁者と、能力よりも自分への忠誠度だけを基準に縁故者だけを集めた政治局ならびに政治局常務委員(チャイナ・セブン)が、今後、中国という大国の舵取りをどうしていくのか、あまり期待はできない。深刻な米中対立をはじめ、現状の中国経済が抱える多くの課題を解決する道は容易ではなく、習近平をはじめ経済運営に実績も能力もない新しいチャイナ・セブンでは荷が重すぎるのは明らかだからだ。

台湾問題も、何衛東(東部戦区司令官)という対台湾作戦を担当してきた人物を副主席に据えた新しい軍事委員会の下で、これからは習近平の胸先三寸で物事が決まり、いつでも気まぐれに台湾侵攻が一気に開始されることもあり得る。動乱の時代が始まると言うことだ。

いずれにしても、これを契機に、中国との向き合い方を変え、中国との関わりについても考え直そう、という世界の人々が増えるかもしれない。

中国に旅行するのは危険だからやめよう、中国製品を買うのは絶対にやめようと考える人も世界中で増えるのではないか。中国に進出した外国企業も、もはやチャイナ・リスクそのものになった習近平という存在とその政策を冷静に分析し、真剣に撤退を考える時期にきている。現に党大会閉幕以降、香港株価は急落し、元安も進んでいる。

次の中国革命と新中国の誕生に期待するしかない

考えようによっては、それは良いことかもしれない。あまりにも早いスピードで強くなりすぎた中国経済にブレーキをかけ、中国製品を世界市場から締め出すためにもいいことだ。

その結果として、中国が国際政治のなかで大きな顔をし、弱小国に対して乱暴狼藉の限りを尽しているなかで、国際ルールや国際秩序を無視した傍若無人のプレーヤーにさせないためにも、中国を再び最貧国にまで落として孤立化させ、文化大革命や大躍進政策のころの飢餓の苦しみを再び与え、国家指導者の独りよがりの政策が、いかに間違いを起し、人民に塗炭の苦しみを与えるかという体験をもう一度繰り返させ、自分たちの上にいて、文句の一つも言えない習近平一強独裁体制がいかに間違っているか、を中国人自身が身に染みて考える状況に持って行ったほうがいい。

その先に、第2、第3の中国革命、次の新中国の誕生が待っているかもしれない。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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