中国の植民地と化したラオス① 鉄道

かつてフランスの植民地だったラオスは、いま、ほとんど中国の植民地と化している。東南アジアの最貧国に蠢く巨大なチャイナマネー。小国ラオスは「借金の罠」から抜け出せなくなりつつある。

   (ラオス南部のパクセー市 かつてのチャンパサック王国の首都)   

日本の本州とほぼ同じ国土面積(23万平方キロ)に650万人が暮らすラオス。国土の80%が山岳地帯という内陸国で、人民民主主義を標榜し、ラオス人民革命党による一党支配が続く社会主義国でもある。

街でよく目にするのは、ラオスの国旗とラオス人民革命党の党旗(鎌とハンマーを描いた赤旗)が一緒に掲げられている光景だ。聞けば、二つの旗をセットにして掲げないと罰せられるのだという。この国がマルクス・レーニン主義を堅持する一党独裁国家であることを、そんな街の風景からも知ることができる。その一方で、仏教徒が人口の60%を占め、国も政権を維持する手段として仏教を保護している。また社会主義国だというのに、一代で莫大な富を築き宮殿のような大きな建物に暮らす一族もいて、なんとも不思議な国でもある。

    (パクセー市内に見える個人所有の豪邸)

<ラオスで初めての長距離鉄道>

そのラオスでいま「高速鉄道」の建設が進んでいる。中国雲南省との国境の街・磨憨(モーハン)から首都ビエンチャンまでラオス北部を走る長さ420キロ余りの鉄道で、実はラオスには長距離を結ぶ鉄道はこれまで一本もなく、これが初めての本格的な鉄道になる。「高速鉄道」とはいうものの、単線のレールしかなく最高速度は160キロ、旅客・貨物混用の列車が走るという。

ルートの大半が山岳地帯を走るため、全区間の60%はトンネルや高架橋の建設工事が必要で、トンネルの数は75本、高架橋は167か所にのぼる。総工費67億ドルは、ラオスのGDPの60%に相当する。当初は、そのうちの70%は中国、30%はラオスが出資すると言われてきたが、ラオス側の資金のなかには中国の銀行からの借入金も含まれているため、総工費67億ドルのうちの60億ドルは何らかの形で中国が絡んでいると見られている。しかし、その返済計画や返済条件は明確にはなっていない。中国進出口(輸出入)銀行からの借入金4.8億ドルは、将来、鉄道事業から上がる利益とラオスの2つの鉱山が担保になっているといわれる。

実は、この鉄道は、習近平が押し進める巨大経済圏構想「一帯一路」の南向き拡張政策、つまり東南アジア「南進」政策の目玉プロジェクトでもある。鉄道ルート全体の計画は、雲南省昆明を起点に大理、景洪からラオス北部に入ってビエンチャンへ、さらにはバンコクへとつなぎ、将来的にはクアラルンプルやシンガポールまで延伸することを目論んでいる。中国はこのルートを「中南(インドシナ)半島経済回廊」と呼び、「一帯一路」プロジェクトの一環と位置づけているが、とりあえず建設が進んでいるのはラオス北部のルートだけ。一方、タイ側のルートでも、ラオス国境のノンカイとタイ東北部ナコンラチャシマを結ぶ250キロの鉄道建設が、去年7月ようやく認可された。当初は中国が出資して、タイ版の「新幹線」になると言われてきたが、融資の条件などで中国との協議がまとまらず、タイ政府の単独予算で建設されるといわれる。

<中国人の南下を助ける高速鉄道>

ところでビエンチャン近郊からタイ側の国境の街ノンカイまで、わずか3.5キロの距離を国境を跨いで「国際列車」が走っている。ただし、運行は一日たった2往復だけで、しかも乗客の半数は外国人観光客だという。要するにタイとラオスの人の往来は、今はその程度の需要しかないのだ。

中国は、ラオス国内でバナナ栽培などプランテーション用農地の開発を行っている。首都ビエンチャンでは、中国企業の手で商業ビルやスポーツ施設が次々を建設されている。こうした投資にともなって中国から多くの移民や企業家がラオスに進出している。昆明からラオス、さらにタイへとつながる「高速鉄道」の完成は、中国人の南への移動を今より容易にし、中国人移民の流れをさらに加速させる要因になるかもしれない。

一方で現在、建設が進められている鉄道のルートが、中国昆明とラオス、さらにタイとの間だけに留まるとしたら、利用するのはせいぜい中国人だけかもしれない。鉄道がシンガポールなどインドシナ半島と広域的につながらなければ、巨額投資の経済効果は生まれないかもしれない。そもそもこの地域にヒトの移動や貨物の輸送など、鉄道の需要がどれだけあるのか、経済合理性の観点からは疑問もある。中国国境からビエンチャンまでの「高速鉄道」は2020年の完成を目指しているそうだが、この鉄道が今後、どれだけの需要を喚起し、いつになったら利益を出せるようになるかは、気が遠くなるような道のりだと思われる。


<中国丸抱えの建設工事>

ところで今は広く知られるところとなったが、中国が海外で行なうインフラ事業は、建設機械から工事用の資材、現場の労働者まですべてが中国から送り込まれる。しかも宿舎の賄いを含めて生活に必要な食品や日用雑貨のすべてを中国から持ち込むため、現地には一切お金が落とされず、地元の雇用創出や経済波及効果はゼロに等しい。そうした事情は、ラオスやパキスタン、ミャンマーなどアジアの周辺国にとどまらず、アフリカや南米、太平洋島嶼国など、どこでも同じで、要するにヒト、モノ、カネ、技術のすべてが、中国による中国のためのプロジェクトとして完結している。地元に何の利益ももたらさない中国のこうしたやり方は、地元の反感を招き、中国人がテロの対象になるケースも増えている。

ラオスの鉄道建設でも、10万人の労働者が必要といわれるが、実際、働いているのはほとんどが中国人で、中国語の看板が乱立する工事現場の風景は中国国内とまったく変わりがない。中国も相手国も互いにウィンウィンの関係だと強調される「一帯一路」も、所詮は中国領土の延長、中国経済圏の拡張でしかなく、中国の資金はいずれ何倍にもなって中国に回収されるかもしれないが、果たして地元にどれほどの利益があるかは不透明のままだ。

<中国によるインフラ投資と借金の罠>

メコン川流域で建設が進む水力発電ダムについては、このあと詳しく述べるが、中国の銀行は水力発電や鉱山開発などラオスの巨大開発には喜んで投資する傾向がある。ラオス政府も巨大開発を次々に打ち出すことで、海外からの投資を呼び込み、経済援助を引き出している。しかし中国との間に巨額の借金が存在することによって、中国の意に反して、ラオス側が開発計画を変更することもできず、自分の手足を縛る結果にもなっている。

ラオスは、外国からの融資を受けるにあたり、国が保有する土地や鉱物資源を担保としてあててている。中国が首都ビエンチャンに建設したスタジアムのローンが返済できなくなったとき、ラオス政府は300ヘクタールの土地を中国に譲渡することで借金を帳消しにした。しかし、こうした土地の譲渡はそこに暮らしてきた住民に深刻な影響を与え、住民の不満や政府への不信を招く原因となっている。

ラオスの財政赤字は、2017年には70%を超えたといわれる。IMFの報告によると、ラオスの外国からの借款は、その65%が中国のものとされ、IMFは外債のリスクは危険レベルにまで高まっていると警告している。資金不足の懸念から、中国企業によるダム開発事業が延期する事態も発生している。中国進出口銀行は2014年にラオスへの融資を抑制しはじめ、ラオスが返済不能になる可能性に中国の銀行が注目している証拠だとみられている。

中国の融資で大規模な港湾開発を進めているスリランカやモルディブでは、高利息の返済資金に行き詰まり、土地の使用権を半永久的に中国に譲渡するケースが相次いでいる。中国から巨額融資を受け、高速道路や石油パイプラインなどの建設を進めているパキスタンも、外貨準備が底をついて償還期限の借入金が返済不能に陥っている。いずれも中国による「借金の罠(debt trap)」と呼ばれる事態で、自国の主権に絡む譲歩さえ強いられている。

「借金の罠」の犠牲になるのは、次はラオスかもしれない。高速鉄道の建設は中国の主導ですでに始まっている。ラオス側には建設計画を見直したり、事業計画を管理する権限はなく、資源と利益が簒奪される中国の「植民地」支配のもとで、「借金地獄」から逃れる手立てもすでに失われている。

(参考記事)

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/05/post-5095_2.php

(”Laos on a fast track to a China debt trap”Asia Times2018/3/28)

http://www.atimes.com/article/laos-track-china-debt-trap/

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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