ソウル中心部・大統領室近くまで侵入を許す
12月26日、北朝鮮の無人機5機が軍事境界線を越えてほぼ同時に韓国領空に侵入する事件があった。それから10日後の1月5日、韓国国防省は、そのうち1機はソウル龍山(ヨンサン)区の大統領室や国防省庁舎を中心とする半径3.7キロの飛行禁止区域の中にまで侵入し、そのあと北側に引き返していたことを明らかにした。当初、国防省は、ソウル市内の飛行禁止区域には入っていないと主張していたが、一転、自らの非を認める結果となった。
無人機による領空侵犯に対して、韓国空軍はF-15とKF-16戦闘機、KA-1軽攻撃機、陸軍は攻撃ヘリコプター20機あまりを出動させた。しかし、そのほとんどが無人機の捕捉に失敗し、ヘリ1機が100発ほどの機関銃を発射したものの、結局、1機も撃墜することはできなかった。しかも、低速飛行の無人機に対応するため出動したプロペラ式のKA-1軽攻撃機1機が離陸直後に墜落するという失態も演じていた。
(ソウル龍山区にある大統領室の建物)
無人機に対応する軍事設備は完備していた?
無人機は高度3000メートルほどの上空を、速度を変えながら飛行したとされるが、その航跡を把握できたのは1機だけで、残りの4機は途中で航跡を見失い、最終的に北側に戻ったのかどうかも確認できていない。
実は、北朝鮮からの無人機の侵入に対応するため、韓国陸軍は地上監視レーダーとTOD赤外線監視システムをDMZ(非武装地帯)の南側に設置し運用している。さらにソウル中心部では、小型無人機の飛行を妨害する探知レーダーと電波遮断装備(ドローンガン)が運用中だとされる。2014年3月と2017年6月に不時着した北朝鮮の無人機が韓国内で見つかった事件を機に、無人機を新たな軍事的脅威と捉え、それに対抗するための措置だった。またその当時から、空軍作戦司令部の中央防空統制所の指揮の下、合同防空訓練を強化してきたとされる(聯合ニュース2017年6月13日)。
(ドローン飛行禁止区域を示すソウル市内の看板 2019年3月撮影)
しかし今回、侵入を許した無人機の機体は長さ2メートルと推定され、電波を反射する面積が小さいためレーダーでも捕捉しづらく、電動モーターを使っているため赤外線探知にも引っかからない。
軍事境界線を越えて侵入してきた無人機5機を覚知したものの、その後の追跡に失敗、飛行ルートのほとんどを把握できなかったのはそのためだが、どうもそれだけではなかったようだ。
「南北軍事合意」で監視も訓練も中止
無人機の領空侵犯を許した翌日12月27日の閣議で、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、「(前政権の)2017年からドローンへの対策と反撃の準備がろくに行われず、訓練は皆無だった。北韓の善意と南北軍事合意ばかりを頼りとする対北韓政策がいかに危険なものか、国民もしっかり見たはずだ」(KBSニュース)と述べ、文在寅(ムン・ジェイン)政権の責任に言及した。
ここでいう「南北軍事合意」とは、2018年9月、文在寅前大統領が平壌を訪れ金正恩氏と首脳会談した際、南北の軍当局間で結ばれた合意文書で、軍事境界線付近でのすべての敵対的行動の中止を謳い、軍事境界線上空に双方で最大40kmの幅で飛行禁止区域を設定し、DMZ内にある監視所22か所の撤去などで合意していた。
これによって軍事境界線付近での航空機による偵察監視活動ができなくなったほか、米軍との間で毎年行ってきた合同軍事演習「ビジラント・エース」が中断されるなど、実戦部隊を動員した訓練はほぼ中止されたのである。
しかし、北朝鮮はNLL北方限界線を越えて南側の海域への砲弾発射や今回の無人機による領空侵犯など、南北軍事合意を自ら破棄する行為を繰り返している。
文在寅政権は「北朝鮮には非核化の意志がある」と主張して米朝首脳会談の再開を画策し、朝鮮戦争の休戦協定を「終戦協定」に変えると訴えるなど、それこそ「北朝鮮の善意」に期待して南北軍事合意を結び、さまざまな対北朝鮮融和政策を進めたが、そのすべてが失敗したことになる。
「南北軍事合意」破棄で戦端を開く危険性高まる
尹錫悦大統領は4日、「北朝鮮が再び韓国領空を侵犯する挑発を行ったら南北軍事合意の効力停止を検討せよ」と指示した。
さらに国防省には「偵察監視と電子戦など多目的任務を遂行する合同ドローン部隊を創設し、探知が難しい小型ドローンを年内に大量生産できる態勢を構築すべきだ」と指示。また「平壌まで侵入できるステルス無人機を生産できるよう開発に拍車をかけよ」と述べるなど、北朝鮮の挑発に強硬に対応する姿勢を示している。
ロシアによるウクライナ侵攻を見ても、無人機は有力な攻撃兵器として使われている。
北朝鮮が「超大型放射砲」と呼ぶ短距離弾道ミサイルなど各種ミサイルを実戦配備し試験発射を重ねる中で、南北双方の無人機が「攻撃兵器」として使われる事態になったとしたら、偶発的な衝突の危険性を含め全面戦争への戦端を開く機会が高まる結果になるかもしれない。
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