習近平「“反日”愛国主義教育法」の呆れる馬鹿さ加減

▼台湾人や海外華僑も中国「愛国教育」の対象だって!?

中国で新たに「愛国主義教育法」なるものが作られ、来年2024年1月1日から施行されるという。10月24日、全人代常務委員会第14期第6回会議で法案は通過した。この法律の成立については日本でも報道されたが、この法律の異常さ、馬鹿さ加減については、それほど知られていないし、騒がれてもいないようだ。

何より、その馬鹿さ加減とは、愛国主義教育を強制しようというその対象に、中国に返還された香港・マカオは、まあ許されるとして、中国共産党が一度も統治したことがない台湾と、中国の法律が適用されるはずのない海外華僑も含まれていることだ。

そのことを規定している第23条には、次のように書かれている。

<第二十三条 国家は歴史文化教育と"一国二制度"の実践教育を展開する措置をとり、香港特別行政区の同胞とマカオ特別行政区の同胞の愛国精神を増強し、国家主権を維持し、統一と領土の保全を自覚させなければならない。

国家は祖国統一を進める方針とその政策の宣伝教育を強化し、台湾同胞を含む全中国人民に、祖国統一という大業を完成させることの神聖なる職責に対する認識を高めさせ、法によって台湾同胞の権益を保護し、台湾独立という分裂活動に断固反対し、中華民族の根本的な利益を擁護しなければならない。

国は海外同胞(華僑)との交流を強化し、その権益保護と行政サービスに努め、海外同胞の愛国心を高め、愛国の伝統を宣揚させなければならない。>


▼民主主義国の優等生・台湾に対し、中国が「教育」できる訳がない

台湾では来年1月13日に総統選挙が予定されている。その与党民進党の総統候補者と副総統候補者を、中国は「危険な台湾独立派」「戦争製造者」と呼んで、特定の候補に対するあからさまな選挙妨害・選挙介入を繰り返している。一党独裁の中国は、選挙という手段で国民の民意が示されたことは一度もない。ところが、台湾は1人一票の直接投票による総統選挙をこの30年間で7度も経験し、3度の政権交代を実現させたアジアでも、もっとも成熟した民主主義国家である。前近代の独裁国家である中国が、民主主義先進国家である台湾に、中国の体制とイデオロギーを擁護しろ、などという愛国主義を強制できるなどと、真剣に思っているのだろうか。習近平をはじめ中国指導層がそう思っているとしたら、人類が歩んできた歴史と文明を知らない未開で、無知愚昧な哀れな人々というしかない。

海外華僑・華人といわれる人の中には、例えば習近平訪米の際にその宿泊するホテルの周辺に赤旗や歓迎の横断幕をもって集まる中国人グループがいたり、さらには2008年北京オリンピック開催の前の聖火リレーで、長野善光寺に集結して騒ぎを起した中国人留学生や在日中国人のように、海外の地で愛国活動をする人たちがいたりすることは確かだ。しかし、そうした在留中国人あるいは在外華人らの行動が、彼らが滞在する国の人々から冷ややかな白い目で見られ、けっして歓迎されていない、むしろ反感を持たれ、それが中国という国自体が危ない危険な存在だと見られ、中国に対する反感や批判に繋がっていることを中国政府は認識していないのであろう。けだし「夜郎自大」とは、身の程も弁えず尊大に振る舞う中国自身のことである。

▼愛国教育の目玉は「日本の軍国主義侵略を忘れるな」だと!?

問題は、台湾人や海外華僑を対象に愛国教育を行うとすることだけではない。われわれ日本人がかつて中国と関わった過去の歴史についても、愛国教育で扱うように具体的に指示していることだ。

それは、次の第28条と37条に具体的に示されている。

第二十八条 中国人民抗日戦争勝利記念日、烈士記念日、南京大屠殺死難者国家公祭日およびその他重要記念日には、県級以上人民政府は紀念活動を組織・展開し、謹んで献花を奉じ、紀念施設を仰ぎ見て、烈士の墓を詣でて掃き清めて、公祭など紀念儀式を執り行わなければならない。

第三十七条 すべての公民・組織は愛国主義精神を宣揚して、自ら国家の安全と栄誉、利益を守護しなければならない。そのために次の行為をしてはならない。

(三)侵略戦争と侵略行為、虐殺事件を宣揚し、美化し、あるいは否認すること。


抗日戦争勝利記念日とは9月3日、すなわち日本が降伏文書に署名した1945年9月2日の翌日のことであり、また南京大屠殺死難者国家公祭日(南京大虐殺犠牲者国家追悼日)とは1937年12 月13日の南京陥落の日のことだ。

習近平が政権を握った翌年の2014年2月、全人代常務委員会の決定でこの二つの日は正式な記念日と国家追悼日と定められた。わざわざ日本が関係する日を年2回も挙げて、記念活動を組織し展開せよと命じているのである。ほかに「烈士記念日」とか「その他重要記念日」とか言っているが、具体的な対象を挙げているわけではなく、日付を特定できるのは日本がらみのこの記念日と追悼日の2日だけだ。

さらに37条の「侵略戦争(侵略行為)」とはその前後の脈絡からして、抗日戦争のことであり、「虐殺事件」とは南京事件を指すことは明らかだ。

▼チャイナ自身の侵略の歴史は愛国教育ではどう扱うのか?

過去、チャイナが関係した戦争とは抗日戦争だけなのか?アヘン戦争とアロー戦争では英国や仏国と戦い、義和団事件では八か国聯合軍に北京を占領され、新中国となってからは自ら旧ソ連やベトナムの領土を侵略したのではないか。有史以来、チャイナは北方の匈奴や西域・東トルキスタンをたびたび侵略し、また北方や西域の諸民族から度重なる侵略を受けた。明の鄭和の時代には東南アジアやインド洋の沿岸諸国に砲艦外交による戦争を仕掛け、明への朝貢を強制した。清の高宗乾隆帝は、今のネパールや新疆ウイグル、台湾、ベトナム、ミャンマーなど10回もの遠征すなわち紛れもない侵略戦争を繰り返し、自らを「十全老人」(10回の遠征で武功を全うしたとの意味)と称した。そうした厳然たる歴史的事実を忘れたのか?

それにもかかわらず、そうした歴史にはいっさい触れず、愛国主義教育法に出てくる戦争とは、日本との戦争のことだけ。つまり、愛国とはすなわち反日であり、反日を強調しなければ愛国は成立しないということなのである。

しかし愛国とは、自らの国の歴史と真剣に向き合い、負の歴史を含めてすべてを受け入れた上で、その国をこよなく愛し、その国の歴史と伝統・文化のすべてを引継ぐ覚悟を示すことだ。中国を愛するために、日本という敵を今に蘇らせ、負けるな!打ちまかせ!と敵愾心を煽り立てる必要があるのか。

▼薄っぺらな「愛国」強調は習近平の自信の欠如の裏返し

そもそも愛国主義教育法の目的について、その総則第1条では「新時代の愛国主義教育を強化して、愛国主義精神を継承・宣揚し、社会主義現代化国家を全面的に建設して、中華民族の偉大な復興を全面的に推進するためのみなぎる力を結集するために、憲法に基づき、本法を制定する」としている。

また第2条では「中国は世界で最も悠久な歴史をもつ国の一つであり、中国各民族の人民は光輝燦爛たる文化を共に創造し、統一された多民族国家を造り上げた。国家は全人民の中で愛国主義教育を展開して、中華民族と偉大な祖国に対する情感を育成・増進し、民族精神を継承し、国家観念を増強し、国を愛する力をすべて結集し、愛国主義を全人民の確固たる信念と精神力とし、自覚行動となるようにする」としている。

第3条では「愛国主義教育は中国の特色ある社会主義という偉大な旗を高く掲げ、マルクス·レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、(江沢民の)'3つの代表'の重要思想、(胡錦濤の)科学発展観、習近平新時代の中国特色社会主義思想を指導とし、愛国と愛党、社会主義の統一を堅持して国家統一と民族団結を守ることに力点を置いて社会主義現代化強国を全面的に建設して中華民族の偉大な復興を実現することを明確なテーマにしなければならない」と定めている。


どれもこれも、もっともらしい、たいそうな言葉を列ねているが、要するに「習近平新時代の中国特色社会主義思想」を体制護持のイデオロギーとして崇(あが)め奉り、中華民族の何がどう優れているか分からないが、その「中華民族の偉大な復興」という“習近平の夢”のために国民全員と台湾、海外華僑も従えと命令しているにすぎない。

裏返せば、こんなどうでもいいことを、わざわざ法律で規定し、「愛国」を強調しなければいけないほど、国を愛する国民が存在せず、そのために愛国主義を学ぶことを国民に強制し、国家の命令として国民に愛国精神をたたき込もうという、まさにファシズムと呼ぶにふさわしい政策なのである。

▼周庭さんのカナダ亡命はまぎれもなく「愛国教育」の結果だった

最近の報道で、香港の直接選挙実現を訴えた雨傘運動を組織するなど、若者の抗議運動の先頭に立ち、香港の民主化運動を代表する“顔”だった周庭(アグネス・チョウ)さんが、久しぶりのSNSでカナダ留学中であることを明かし、このまま一生、香港には戻らないと宣言し、事実上の亡命を明らかにした。2020年8月に、香港国家安全維持法違反の容疑で逮捕され、その後、禁錮10月の実刑判決を受けた。21年6月に出所したが、その後も香港警察へ定期的に出頭することを求められ、監視下に置かれ続けたという。そのためパニック障害やPTSDやうつ病を患っているという。没収されたパスポートを取り戻す条件として中国深圳まで連れて行かれ「愛国教育」を受けたほか、政治活動をしないなどの誓約書や警察への感謝文などを書かされたという。こうして将来の香港を立派に担うはずだったかけがえのない有為な人材を失ったのである。愛国教育に何の意味も価値も無いことはこれで明らかではないか。

(香港雨傘運動 2014年10月 筆者撮影)

(香港雨傘運動 2014年10月 筆者撮影)

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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