<白亜の首都アシガバートにみる独裁者の意思>
中央アジアの国トルクメニスタン、その首都のアシガバートは何とも不思議な街だ。建物という建物がすべて真っ白。遠くからみると白亜のビル群が砂漠のなかにオアシス都市として忽然と出現したといった趣だ。トルクメン人自身も「White marble city(白い大理石の街)」と呼び、ギネスブックにも白い大理石がもっとも多く使われた街として登録されているという。建物だけではなく、街中を走っている車も、白い車ばかりだった。今年初め、この国の大統領が「黒い車は不幸を招く」と発言しただけで、黒い車が押収されたというお国柄でもある(英語版Wikipedia “Ashgabat”)。そういえば、そのベルドイムハメドフ大統領が得意げに馬に跨る写真をあちこちで見たが、彼が乗る馬もすべて白馬だった。独裁者は白い色が好きなのだろうか?
アシガバートは、旧ソ連時代の1948年10月6日に発生した巨大地震で街は一夜にして壊滅、当時の人口の3分の2にあたる11万人が犠牲になった。その後再建されたのは平屋建ての家屋だけで2、3階以上の建物はほとんどなかったという。現在も少し離れた郊外には、そうした家屋が立ち並ぶ古い街並みが見えるが、こちらはすべてが青い屋根で統一されていた。旧ソ連から独立した1991年以降、前代のニヤゾフ大統領は、豊富な天然ガスを資源にした経済発展モデルを採用し、年平均10%前後の高度成長を達成した。そうした経済発展の成果は首都アシガバートの都市開発などで国民に還元されたことになっている。それにしても、国家指導者の好み、もしくは独裁者の強い意向を、国家意思として統一的に実行することで、こんな街づくりもできるものなのかと思った。
建物がすべて真っ白というほかに、奇抜なデザインの建物やモニュメントなど巨大建造物も多く、まるでSF映画に出てくる未来都市や宇宙基地を思い起こさせた。そういえば噴水がもっとも多い街としてもギネスに登録されているそうだ。「屋内観覧車」と呼ばれる建物があり、巨大な観覧車全体が丸形・ガラス張りの建物のなかに納められていた。夜は華やかなネオンで輝いていたが、外の景色を楽しむはずの観覧車に視界を遮る覆いは要るのだろうか。
テレビ局の建物は海抜1000mの山の上に建てられ、高さ200mあまりの電波塔は巨大な星をかたどったデザインになっていた。遠くからでもよく目立つが、この山の上にあがるだけで、結構な時間と労力が必要だと思った。人が立ち入ることのない山の稜線に沿って電線が延々と張られ、夜になると山の形を彩るイルミネーションのように無数のライトが灯っていた。
現在のベルドイムハメドフ大統領自身がもともと歯科医だったということもあり、医療施設の整備にも力を入れている。市のはずれの公園のような広いエリアに、さまざまな医療施設が集中する地域があり、眼科や歯科といった専門科ごとに大きな病院の建物が一棟ずつ、それぞれのデザインで建っていた。医療費は無料だというが、ここまで通院するにはバスやタクシーを乗り継ぐ必要があり、あまり人に優しいとは思えなかった。日本のテレビ局の報道によれば、大統領は「病気になったら首都に来ればいい」と首都以外の病院を閉鎖したこともあるというが、本当だろうか。(Exciteニュース2014/10/8「中央アジアの北朝鮮トルクメニスタンに日本のテレビが入った」)
<贅沢な街づくりと過剰な電力消費>
大型スタジアムなどスポーツ施設を集めた専用エリアもあり、オリンピックを誘致したこともないのに、「オリンピックスタジアム」、「国立オリンピック・アイスリンク」、「オリンピック・ウォータースポーツコンプレックス」といった名前のついた超現代的な施設が並んでいた。前のニヤゾフ大統領の時代には、ほとんど鎖国状態で外国とはまったく交流がなかったが、最近は、サッカーや格闘技など大規模な国際大会を盛んに招致するようになり、外国との交流が進んでいる。
これらのスポーツ施設が集中するエリアは、夜になると建物全体に青やピンクのネオンが輝き、幻想的な未来都市の雰囲気になる。スポーツ施設を照らすネオンだけでなく、道路脇に無数に立ち並ぶ凝ったデザインの街路灯やビルの壁面に映し出される大型スクリーンも、人通りが絶え人っ子一人いなくなった真夜中でも、夜通し煌々と電気がついたままだった。なんと無駄な電気の使い方かとあきれたが、それもそのはず、この国は天然ガスの埋蔵量ではイラン、ロシア、カタールに次いで世界4位を誇り、天然ガスの輸出による豊かな財政のおかげでガス・電気代はもちろん、国民の住宅・学費・公共料金の一部も無料だという。バスなど公共交通機関は低料金で運営され、バスの停留所はガラス張りの室内になっていて、中は冷暖房の空調が効いていた。天然ガスを燃料に発電した電力はイランなど周辺の国にも輸出している。
トルクメニスタンは日本の面積の1.3倍の国土に人口は570万人。国土の80%は砂漠で、首都アシガバートには80万人あまりが暮らす。しかし贅沢な造りの建物や広い道路の割には、人の気配が希薄なのはどうしてか。アパートの建物には夜になっても明かりが漏れる窓は少なく、だだっ広い公園や通りには掃除の人以外、ほとんど人の姿を見かけない。交通量も少なく、市内からちょっと郊外に出れば、対向車はほとんどなく、時々見かけるのは農業用トラクターだけだった。大きな白亜の建物は、ほとんどが政府庁舎で、選ばれた一部のエリート層しか住めない街なのかもしれない。
アシガバート市内の大型ショッピングセンターや街のマーケットをのぞくかぎり、商品は輸入品を含めて種類や量も多く、食品や日常品は満ち足りているように見えた。しかし最近は、天然ガスの価格低迷と通貨安で、これまで無償だった水道代とガソリン代が、今年から突如有償となったという。小麦粉や砂糖、食用油など必需品が不足し、インフレ率は300%に上るともいわれる。「食料品店に毎日長蛇の列」「主婦らが食料を求めて道路を封鎖」といった話も、厳しい情報統制の中から漏れ伝わるようになった。軍人の給与の減額や、支給に遅れが出ているという情報もあり、天然ガスの輸出で豊かに潤っているように見えるが、経済の内実は厳しいものがあるようだ。
<天然ガスの中国輸出、警戒強まる中国依存>
ロシア嫌いで知られ、モスクワには一度も足を踏み入れたことがないと言われるニヤゾフ大統領は、ロシアの影響力を排除するため「積極的中立」を宣言し、1995年の国連総会でスイス、オーストリアに次ぐ3番目の「永世中立国」として承認された。そのニヤゾフ大統領は、2006年4月に中国を訪問し、ウズベキスタンとカザフスタンを経由した中国向けの全長7,000キロメートルのパイプラインの建設で合意した。このガスパイプラインは2009年末に開通して、いまABCの3つのルートで稼働している。これによって中国への輸出は急拡大し、今ではトルクメニスタンの輸出全体の85%を中国が占めるようなり、そのうち天然ガスの輸出は中国向けが99.3%と圧倒的で、中国への依存度は極めて高い。(ジェトロ・イスタンブール事務所「トルクメニスタン概要2016・9」)
2007年に就任したベルドイムハメドフ大統領も、中国との経済的な結びつきを強め、ガス田開発やインフラ建設の資金を中国からの借金に頼っている。
トルクメニスタン南東部で2006年に発見されたガルキニシュ・ガス田は、確認埋蔵量では世界4位、推定埋蔵量では世界第2位の規模を持つといわれる。2013年9月に習近平も出席して、このガス田の第1期工事の完成と生産開始を祝う式典が行われた。ガルキニシュ・ガス田の設備を建設したのは中国石油天然ガス集団(CNPC)だった。このガス田の生産開始によって中国向けの供給量は2020年までに年間650億立方メートルの規模まで拡大することで合意している。(「人民網日本語版」2013年9月5日「トルクメニスタン、中国への天然ガス供給拡大」)。中国石油天然ガス集団(CNPC)は中央アジアと結ぶ4本目のガスパイプラインを計画していて、トルクメニスタンの天然ガスの全量取り込みを画策しているとも言われる。
トルクメニスタンのカスピ海に面した港には、今年(2018年)5月、中国の投資で新たな貨物ターミナルが完成した。中国が推し進める「一帯一路」プロジェクトの一環として、対岸のアゼルバイジャンとをコンテナ船で結ぶ貿易ルートの中継地の役割を担うもので、鉄道輸送とこの港でのコンテナ船への積み替えを組み合わせることで、中国からヨーロッパへの貨物は15日間で輸送することができ、従来の海路に比べて30日も短縮できるという。(NHK―BS国際報道2018年5月31日「中央アジアで進む中国依存~ 「一帯一路」に期待するトルクメニスタン」)
中央アジアのトルクメニスタンは、中国が進める巨大経済圏構想「一帯一路」の計略のなかに完全に取り込まれ、中国の影響圏から抜け出せなくなっている。中国からの融資総額は80億ドル(約8800億円)規模に上り、ガス輸出代金の一部がその返済に当てられているといわれる。
ロシア経由のガス輸出が2016年に停止し、イラン向けも契約が難航して止まっていることもあり、17年のガス輸出収入は15年と比べて半減したとの報道もある。財政悪化に拍車がかかるなかで、借金返済のためガス田を中国に譲り渡さざるをえなくなるとの観測も浮上している。インフラ建設で「借金漬け」にし、相手国の資源を奪うという中国のパターンがここでも確認できる。
こうした事例はトルクメニスタンだけではなく、他の中央アジアの国でも起きている。
(引用)「タジキスタンは4月、発電事業への3億ドルの融資の見返りに中国企業に金鉱山の開発権を譲り渡した。キルギスでは首都ビシケクの発電所事業を巡る政府と中国国有銀行の融資契約の中で「(中国側は)債務不履行の場合、あらゆる資産を要求できる」とする条項が含まれていると報じられた。鉄道建設の交渉でも中国側は融資の見返りに資源権益を求めていると見られている」(日本経済新聞2018年8月14日「中央アジアに一帯一路リスク~中国巨額融資、重い代償」)
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