<中国依存からの脱却を図るトルクメニスタン>
トルクメニスタンのベルドイムハメドフ大統領は、過度な中国依存に潜むリスクも十分に認識している。そのため中国依存からの脱却を目指し、ガス輸出先の多角化をはかり、インドなど南アジア方面へのガスパイプライン計画と、トルコ方面へのトランスカスピアン・ガスパイプライン計画を推し進めている。
また、天然ガス依存の経済からの転換を目指し、輸出産業として石油ガス化学部門を最優先に、農業や繊維などの製造業の発展を目標にしている。独立当初はロシア製品が圧倒的なシェアを占めたが、次第にトルコ製品による浸食をうけ、2010年以降はトルコ製品に首位の座を奪われた。一方、中国製品は12年ごろから急増したが、チャイナリスクを理由に輸入は抑制される傾向もみられるという。
トルクメニスタンに対する投資、建設事業ではトルコ企業が圧倒的な存在感を発揮している。トルコにとってトルクメニスタンへの投資契約は、外国投資全体の20%を占め、トップとなっている。そうしたトルコ企業と組んでトルクメニスタンに進出を図る日本の企業や商社も多い。
街中ではトヨタ車が目立ち、日本車の市場占有率は70%を占めるとも言われる。一方、バスは韓国ヒュンダイ製や中国製が多かった。電化製品も韓国メーカーが目立ち、輸入額では韓国は6位、日本は20位で韓国は日本の7倍近くと大きく水をあけられている(参考:ジェトロ・イスタンブール事務所「トルクメニスタンの概要」)。
<「上海協力機構」と「中央アジア+日本」対話>
ところでトルクメニスタンをのぞく、タジキスタン、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタンの中央アジア4か国は、AIIBアジアインフラ投資銀行の加盟国であるほか、中国が主導して作った「上海協力機構SOC」にも参加している。「上海協力機構」は、2001年に中国、ロシアと中央アジア4か国が参加して設立されたが、2009年以降は毎年にように合同軍事演習を実施し、今は軍事同盟の色彩を強めている。トルクメニスタンは永世中立国であることを理由にAIIBにも上海協力機構にも参加していない。
中国が中央アジア諸国を取り込むためにつくった「上海協力機構」に対抗して、日本が独自の中央アジア外交を展開するためにつくった枠組みが「中央アジア+(プラス)日本」対話である。2004年8月、当時の川口外相により、中央アジア5か国(ウズベキスタン,カザフスタン,キルギス,タジキスタン,トルクメニスタン)との対話と協力の枠組みとして立ち上げられた。外務省によると「中央アジアが開かれた地域として安定・発展し、域内国が共通の課題に共同で対処することが重要であるとの考えから、地域協力の「触媒」としての役割を果たす」のが目的だという。
2015年10月には、安倍首相が日本の首相として初めてトルクメニスタンを訪問するなど、中央アジア5か国を歴訪した。この訪問に合わせて日本は、中央アジア5か国に対し総額3兆円の経済協力事業を実施することを約束している。去年(2017年)はトルクメニスタンのアシガバートで「中央アジア+日本」対話の第6回外相会合が開かれた。6か国の外相が一堂に会して定期的に開かれている外相会談では、この地域の物流・運輸インフラの整備、持続可能なエネルギーの将来と多様な輸送ルートの確保、それにこの地域特有のバッタによる深刻な農業被害への対策などで、日本が支援していくことなどが話し合われている。(外務省HP)
トルクメニスタンのベルドイムハメドフ大統領は大の親日家ともいわれる。2009年12月 、2013年9月、そして2015年3月に仙台で開かれた国連防災世界会議への出席と3度訪日し、安倍首相ともこれまで3度の首脳会談を行っている。2015年10月の安倍首相によるトルクメニスタン初訪問に際しては、50社に上る経済代表団も同行し、いくつかの投資案件に調印している。中国が出資して開発が行われてきた例のガルキニシュ・ガス田について、硫化水素など環境汚染物質を除去するガス分離装置の建設を三菱商事や千代田化工など日本企業5社が企業連合を組んで実施する案件も含まれている。日本のプラント技術で建設されるガス分離装置のプロジェクトは、総事業費1兆円のうち日本側が7000億~8000億円を資金調達し、邦銀や国際協力銀行(JBIC)が融資する。この装置で処理された天然ガスは、ガスパイプラインでインドなどに輸出されるという。中国だけに依存しない輸出多角化への取り組みでもある。トルクメニスタンは、豊富な天然ガスを使った石油化学製品や肥料のプラントを建設し、国内産業を育成する青写真を描いているといわれ、日本のプラント技術力への期待も大きい。
(SankeiBiz2015.9.7「トルクメニスタンで事業参画 日本5社連合、ガス処理装置建設」)
また高度産業の人材育成に向けて日本式の工学教育を提供することでも合意し、日本の学術関係者や日本企業の協力を得て、英語と日本語で工学技術を教えるオグジャン工科大学が2017年9月に開設されている。
<地経学=21世紀の「グレートゲーム」>
2018年10月、7年ぶりに中国を公式訪問した安倍首相は、日中の企業関係者1000人が参加して人民大会堂で開かれた「日中第三国市場協力フォーラム」で、第三国で日中両国の企業が協力することの意義について、「両国企業が、技術力、価格競争力、ネットワークなど、それぞれの強みを持ち寄って、協力してプロジェクトを進める」ことで、質の高いインフラの整備につながり、現地の発展に大きく貢献することができると述べた。そのうえで「このような協力を進めるには、共通の考え方、すなわち土台が必要であることも忘れてはならない。インフラ投資において、開放性、透明性、経済性、対象国の財政健全性といった国際スタンダードに沿ってプロジェクトをつくることが重要で、このような国際スタンダードに沿ったプロジェクトは、費用対効果が高く、また、持続可能性も高い事業になる」と強調した。(官邸HP「日中第三国市場協力フォーラム 安倍総理スピーチ」2018/10/26)
このフォーラムでは「一帯一路」ということばは使われず、同時に日中の企業同士で取り交わした各種の協力協定覚書でも「第3国市場協力」という言葉は使っても「一帯一路」ということばは一切使っていない。習近平、李克強首相との会談でも、安倍総理は「一帯一路」にはおそらく言及していないはずだ。「インフラ投資における開放性、透明性、経済性、対象国の財政健全性」といえば、いずれも「一帯一路」に欠けているもの、課題になっているものと言っていい。日本はあくまでも民間の企業が、それぞれの利害得失を判断して個別に参加するものであり、当然、市場合理性、経済合理性がなければ参加できるものではない。
ところで、安倍首相が中国から帰国したその日、インドのモディ首相と行った日印首脳会議では、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、安全保障分野で連携を強めるほか、この地域の「連結性」を高めるため、東南アジアやアフリカなどで「質の高いインフラ」開発に協力していく方針でも一致した。
日印の関係は完全に戦略性をもった約束であるのに対し、日中の関係はとりあえずの関係改善を狙った表面的な戦術レベルにとどまっている。
戦略学の第一人者エドワード・ルトワック氏によると、冷戦後の世界は軍事を中心とした「地政学(ジオポリティックス)」の世界から、経済をフィールドとする「地経学(ジオエコノミックス)」の世界に軸をうつしつつあるという。「地経学は、フィールドは経済なのだが、国家とその周辺(民間企業も含む)が互いに敵対したり、同盟したりする『戦略の論理』で成り立っている。経済とテクノロジーを舞台にした紛争なのだ」(エドワード・ルトワック『日本4・0国家戦略の新しいリアル』文春新書)。まさに中国が進める「一帯一路」戦略と、日本が主唱し米・豪・インドなどと取り組む「自由で開かれたアジア太平洋」戦略、そして「中央アジア+日本」対話の枠組みは、まさに「地経学」という戦略の論理によって成り立っている。中央アジアは英国とロシアが互いに支配権を争った19世紀の「グレートゲーム」の舞台でもあった。軍事力を背景にもたない日本が、当時の英国と同じ役割を発揮するのは到底無理だが、中央アジアを中国の独壇場にしないために、日本が様々な形でプレゼンスを発揮する、つまり顔も金も出すこと。それは必要なことかもしれない。
<豊かな観光資源をもつトルクメニスタン>
トルクメニスタンを指して「中央アジアの北朝鮮」という人もいる。旧共産党系の政党による事実上の一党支配で、終身独裁政権だったニヤゾフ大統領が死去したあと、2代目のベルドイムハメドフ大統領は2007年に政権に就いた。去年2017年の選挙で三選されたが、投票率89%で、そのうちの97%を獲得するという圧倒的な得票率での当選だった。大統領の肖像画は、街角やオフィス、レストラン、ホテルなどあらゆる場所に掲げられ、個人崇拝が進められている。報道の自由度に関するランキングでは、世界180か国中、最下位の北朝鮮、エリトリアに次いで、下から3番目だという。テレビのニュース映像で目にした光景だが、閣僚など要人を集めた政府の会議で、大統領は中央のテーブルに座って閣僚にあれこれ指示を出しているのだが、大統領の指示を受ける閣僚らみな席を立ち、直立不動の姿勢でメモを取っていた。何か別の時代の風景を目にしたような感覚にとらわれた。
こうした点を指して、北朝鮮と同じと見られているのかもしれないが、そこに暮らす人々の姿を見る限り、落ち着きと余裕があり、親切で礼儀正しく、規律は守られていた。女性はみな裾の長い民族衣装のドレスに身を包み、女子学生たちも同じ民族衣装を制服のように着ている。襟と胸元にある刺繍と、ムスリムの象徴でタヒヤと呼ばれる丸い帽子の柄模様が「ワンポイントおしゃれ」だという。男子学生は黒のスーツとネクタイでびしっと決め、頭には同じくタヒヤをかぶっている。結婚した女性はヤールックと呼ばれる色鮮やかなスカーフを頭に巻き髪を隠しているが、みな華やかで美しかった。
中国の新疆ウイグル自治区のように多数の警察や軍人が街を警備、人や車を検問するような風景はどこにもなく、監視カメラもほとんど目立たなかった。大統領官邸がある地域をタクシーで通り過ぎたときに、運転手からカメラの撮影を制止された以外は、写真・ビデオ撮影はどこでも自由だった。新疆ウイグルの状況のほうがはるかに北朝鮮に近いといえる。
トルクメン人は、トルコ語と同じチュルク系の言葉を話し、もともとは「突厥」と呼ばれた民族でもある。かつての西域を活動の舞台にし、中国の北方からしばしば中原を襲い恐れられた。トルクメニスタンには、仏教が伝わった最西端の地とされ仏教寺院の跡が残るメルブ遺跡や、メソポタミアや古代エジプト文明に匹敵する高度な文明があったとされる紀元前2300年ころの遺跡マルグッシュ、それに紀元前3世紀から紀元3世紀にかけて古代パルティアの都があったニサ遺跡など多くの古代遺跡があり、ソ連時代から考古学者による発掘・研究が行われ、よく保存されている。アシガバートの市内から18キロほどの距離にあるニサ遺跡では、発掘調査のあとは、遺構を土壁でもう一度塗り直し、雨や風、太陽の光で遺跡が傷まないように処理されていた。新疆ウイグル自治区の砂漠のなかにある仏教遺跡は、何の保存方法も採られず、もはや土に帰る寸前といった状態だが、それに比べればはるかに保存状態はよく、調査研究の成果を含めて観光資源としての価値は十分にあると思えた。トルクメニスタン政府も、これらの遺跡を「Great Silk Road(偉大なるシルクロード)」と称して、東西の文明が行き来した古代シルクロード上の歴史遺産として位置づけ、その意義を強調している。
「突厥」といえば騎馬民族としても知られ、トルクメニスタンは古くから名馬の産地でもあった。アハルテケと呼ばれる品種の馬で、体の線が美しく肉付きのいい馬で、その毛並みは金属のような光沢をもつことで知られる。実は、この馬、一日に千里を走り、血のような赤い汗を流すと言われた「汗血馬」の流れをくむ馬ではないかとも言われる。漢の武帝は、西域に使節として派遣した張騫から、名馬を産出する大宛国(フェルガナ)の存在を知り、この名馬を手に入れるために大宛国に何度も攻め入ったと言われる。今の中国もこの馬に大いなる関心を示し、一頭60億円ともいうアハルテケをトルクメニスタンから輸入し、「汗血馬」のテーマパークを造るために200頭以上を飼育しているという(産経新聞17/5/10 名馬で「一帯一路」PR 中国新疆のテーマパーク)。アシガバートから車で1時間ほどのところに、アハルテケのトレーニングセンターがあり、広大な敷地のなかには競走馬用のトラックや馬場馬術の訓練場、それに馬術団によるサーカス演技を披露する建物などがあった。まさにアハルテケに関する総合テーマパークとしての機能を有し、観光客も十分楽しめる観光資源だと思った。トルクメニスタンにはこの特産の馬を専門に扱う省庁があるほか、同じく特産のカーペットを所管する省もあるという。https://www.andrey-andreev.com/en/ashgabat/
トルクメニスタンには、このほかにも有名な観光資源として、砂漠にぽっかりと開いた穴のなかで天然ガスが燃える「地獄の門」などがある。航空ルートは、イスタンブールやドバイなどの経由地で長い時間をつぶさなければならず、まだ不便な点も多いが、旅行会社が企画してもっと気軽にツアー観光客を送り込める体制をつくれば、トルクメニスタンの社会体制の変化につながり、ひいては中国に依存した経済の脱却に少しでも貢献できるかもしれないと思った。
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