韓国で6週連続最高視聴率を獲得した音楽番組
最近の日本の音楽事情には、とんと疎遠で、ましてK-POPなどといったら、さらさら関心もない。そんな私が、最近、韓国のある音楽番組のYoutube動画に嵌まっている。日本ではほとんど無名といっていい50歳の女性歌手、歌心(うたごころ)りえさんが歌うJポップスを聴いて、その歌声に心が揺さぶられ、涙が止まらなくなったのは、ずいぶん久しぶりに味わった感覚だった。
韓国に少しでも関心がある日本人や、日本のことが少しでも気になる韓国人が、いま最も話題に取り上げ、関心を注いでいるのは「日韓歌王戦」、韓国語では「한일가왕전(ハニルカウォンジョン・韓日歌王戦)」という歌番組ではないかと思う。韓国のケーブルTV局MBNが制作し、4月初めから6週にわたって放送した歌謡ステージ番組で、その瞬間最高視聴率はMBN開局以来最高の15.2%を記録したほか、6週連続で地上波を含めた同時間帯のテレビ最高視聴率をマークし、韓国テレビ業界に激震が走ったといわれる。
その後、Youtubeで公開した各回の番組や出場歌手ごとに編集した関連の動画コンテンツなどの再生回数も放送終了(5月7日)の時点で3050万回を越えたという。単純計算で、韓国人の優に2人に1人は見たり聞いたりした計算になる。
<毎日経済5月8日「最高15.2%!6週連続地上波-総合編成-ケーブルを含む同時間帯視聴率1位!華やかなフィナーレ!」>
あまりの反響の大きさに、MBNはその後もいわゆるスピンオフ(派生)番組として、同じ出場歌手をメインにした「日韓(韓日)トップテンショー」(한일톱텐쇼)という番組を制作し、6月から現在(7月下旬)まで毎週放送し、こちらも話題を呼んでいるようだ。因みに日本では、Abemaのネット配信で関連の動画をみることが出来る。
「日韓対抗団体戦」という歌番組の仕掛け
そもそも「日韓歌王戦」という番組コンセプトは、「国家代表」を自認・自称する日本と韓国の女性歌手7人ずつが、それぞれの歌唱力を披露し、どちらの国の歌手がうまいか点数をつけて、団体戦を繰り広げるというもので、それぞれの歌手たちが陣取るステージのバックには日本と韓国の国旗が大きく掲げられ、国別対抗戦であることを強調している。歌われる歌は、「トロット」と呼ばれる韓国のポップ歌謡や、半世紀以上前から日本で流行ったシティポップが中心で、双方の国の歌手が自分の国の言葉で歌うのはもちろん、時には日本人が韓国語で歌い、逆に韓国人が日本語の歌を披露し、あるいは両国の歌手がデュエットで互いの国でよく知られている歌を、日本語と韓国語で交互に歌い、あるいは歌のさわりを日本語や韓国語でコーラスすることもあった。
そして、韓国側の歌手7人はわずか15歳の若手を含めて、みなそれぞれ現役歌手として実績を積み多くの人気を得ているのに対し、日本側の代表7人は、この日韓歌王戦への出場を目指して、日本でのオーディション番組を勝ち上がり選出された人たちだった。4歳のときから介護施設などで慰問公演をしてきたという16歳の演歌歌手(東亜樹)や、広島でアイドル活動をしてきたという同じく16歳の女子高生(住田愛子)のほか、中には丸の内に勤務する現役OL(natsuko)もいて、日本人の多くは彼女らの名前を初めて知ったという人も多いはずだ。
なかでも、その情感あふれる歌唱力と透き通った歌声で、韓国の視聴者を魅了し、圧倒的な人気を博したのは、歌心りえさんという50歳の女性だった。若い頃はCMソングやNHK「みんなの歌」に出演したこともあるそうだが、今は夫が経営する下北沢のライブハウスで働く主婦でもあった。彼女が韓国で披露した中島美嘉の「雪の華」や、さだまさしの「道化師のソネット」はまさに圧巻で、元歌以上の魅力を引き出して彼女自身の歌の世界を創り上げ、言葉の壁を越えて聞く人の心に響くメッセージ性を備えていた。
日本語の歌は放送禁止という韓国放送業界
そして、驚くべきは、韓国のテレビ放送で、日本語の歌がそのまま放送されたのはこれが史上初めて、という事実だった。MBNの番組では、日本語の歌には必ず日本語の字幕と韓国語訳のハングル字幕が付けられたが、これもこれまではあり得ないことだった。
厳密にいうと、日本でヒットした日本人歌手の歌は韓国語に翻訳され韓国人歌手がカバーすることもあるので、ここではあくまで日本語の歌詞で歌われる歌という意味である。なぜ韓国で日本語の歌が放送される事がなかったのかというと、韓国は建国から一貫して日本の植民地支配の残滓を払拭することに注力し、李承晩や朴正煕など歴代大統領は、音楽や映画など日本文化の韓国への流入を全面的に禁止してきた。
日本の音楽や映画の韓国への流入が公式に認められたのは90年代末の金大中政権時代だったが、しかしそれ以後も、日本映画は韓国に進出したが、日本語の歌は公営放送のKBSやMBCなど地上波テレビ局では今も放送禁止という自主規制が続いている。日本語の歌はもちろん、日本語の単語やフレーズがひとつでも入った韓国の歌は放送禁止扱いになっている。放送で日本語の歌を流せば、視聴者から苦情が殺到するとし、無用な反発を避けるため、とういうのがその表向きの理由だった。
確かに私の経験でも、同僚と二人でバスに乗り、日本語で話をしただけで、前の座席の男が振り向き、シーッと口の前に指を立て睨まれたことがあった。それだけ日本語に対して忌避感が強いということがわかる。
韓国で演歌風の大衆歌謡をいつから「トロット」(その韓国語表記は 「트로트」や「트롯」で、いまだに定まっていない)などと呼ぶようになったのか、定かではないが、韓国の演歌はもともと植民地時代に日本から伝わって派生したもので、演歌には「倭色」つまり「日帝の残滓」がこびりついているとされ、新たな「国民歌謡」を創れという指示も出された。いわば「トロット」という呼び方は、そうした「倭色演歌」と区別し、韓国独自の大衆歌謡であることを強調するために用意された言葉のように思われる。しかし、そうした韓国側の事情を知ってか知らずか、今回、「日韓歌王戦」に出場する日本の歌手を選ぶためのオーディション番組を「トロット・ガールズ・ジャパン」と名付け、「トロット」というジャンル分けを日本のポップスにまで拡大した意図は何だったのか、理解できない。
ところで、いま日本ではK-POPに絶大な人気が集まり、K-POPを通して韓国に憧れ、韓国語を習いたいという日本の若者も多いといわれる。ところが、韓国人が韓国語で歌う歌は日本で広く流通しても、日本人が日本語で歌う歌は韓国では流通できない。そうした「一方通行」、片肺飛行に制限されている日韓文化交流の異常さを、K-POPと韓国に憧れる日本の若者たちはどう認識しているのだろうか?
公営放送のKBSは、日本語の歌を放送禁止にする一方で、K-POPについては歌手グループの最新動向など細かい情報を海外向け国際放送のニュースや番組で逐一取り上げ、「Kコンテンツの海外輸出戦略」という韓国政府の国策のお先棒を担ぐ役割を果たしている。
「日本語の歌」放送に対する反応は苦情ではなく感動の声
そうした中、今回、韓国のケーブルテレビ局MBNの「日韓歌王戦」という大胆な挑戦で、これまで日本語の歌を放送禁止にしてきた放送業界の潮目が変わってきた。日本語の歌をそのまま放送しても反発どころか大反響を巻き起こし、地上波を含めた各局の最高視聴率を6週連続で獲得するという偉業を成し遂げたことに、韓国放送業界では衝撃が広がっているという。
若者向けのK-POPとは違って、トロットはもともと中高年をターゲットにしたものだが、番組が幅広い世代に受け入れられたこと、また日本語の歌がどうのこうのという苦情や文句ではなく、感動したという声が圧倒的に多かったことにショックを受けたのだという。そしてKBSの関係者の間からは、こういう番組はむしろKBSがやるべきではなかったのか、という声さえ出たという。つまり、視聴率を稼げるなら日本語の歌も積極的に放送すべきだったという反省の弁である。
「日韓歌王戦」の番組に寄せられた視聴者の反響では、「日本語の歌にもかかわらず、言葉を越えて感動を与えた」「歌心りえさんは母が話すように歌う感じですごく癒やされる。ただ歌を聴くだけで安心してしまう」「りえさんのおかげで日本を偏見なしにみることができるようになった」などの声が寄せられた。
<DraiTV「レベチの歌声で韓国反応がヤバい」【日韓歌王戦】>
韓国ではいまだに「テレビやラジオで日本語の歌詞を聴きたくない。日本語の歌を聴きたい人は放送以外の別のメディアで聴けばいい」という意見も多いという。しかし、今回、実際に日本語の歌を聴き、日本語の歌詞に触れてみて、その歌の魅力に目覚め、いままでの偏見は取り除かれたという人も多かったようだ。
実際、日本人が、韓国人歌手が韓国語で歌いあげる曲を聞いて、歌唱のスキルは凄いと感心することはあっても、歌に心を動かされ、歌に込められたメッセージに感動するということはなかなか難しい。なによりも韓国語の歌詞の意味が理解できないからだ。一方で、歌心りえさんの歌い方を聞いて、この歌の感動は日本語の歌詞でなければ味わえないと思う反面、歌に込められたメッセージは、言葉の壁を越えて、その声質や表情、仕草で韓国人の心にも届いているはずだという確信も生じた。この番組のおかげで音楽の持つ力は本当に凄いと改めて思い知らされた。
壁をなくし交流することで新たな文化は生まれる
それだけに互いの国や文化への理解と交流を深めるためには、言葉の壁だけでなく互いの文化に対する敵視政策や放送禁止などの障壁をなくすことが重要であることも分かる。とりもなおさず、日本語の歌を禁止するということは、日本人や日本文化の拒否あるいは否定、とまでは言わないが、日本人と日本文化の存在を無視することであり、それに理解を示すことを拒絶することでもある。普通の社会生活のなかで、そのような類いの人を隣人に持ったとしたら、近所づきあいの対象にならないのは明らかだろう。
今回、番組制作者が演出効果として狙った作戦でもあるのだろうが、互いの歌の選曲からステージ上での演出、審査員たちのつぶやきまで、互いの国のプライドを刺激しながら、日韓の歌手が交流し仲良く競演する姿を巧みに演出して見せた。そして、日韓の歌手が互いに交流することで、新たな歌の世界が生まれ、新たな活躍の舞台、新たなステージの可能性も開けることを予見させてくれた。さっそくことし9月には今度は韓国側の歌手が日本を訪れ、日韓共演のコンサートを開く予定があるそうだ。両国の間で歌の交流が拡大することはいいことである。そうすることによって、日本の歌謡曲が韓国に進出し、韓国のトロット文化も日本に市場を見いだすことが可能になるからだ。
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