「歴史分裂病」虚像の歴史で国民が分断される不思議の国・前編

35年ぶりに南北統一構想を発表

韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は日本統治からの解放を祝う8月15日の「光復節」の演説で、「分断体制が続く限り我々の光復(解放)は未完成だというしかない」「朝鮮半島全体に国民が主体である自由民主統一国家がつくられるその日、初めて完全な光復が実現する」と述べ、南北統一を推進する新た構想「8・15統一ドクトリン」を発表した。

新たな統一ドクトリンは▼3つの統一課題▼3つの統一推進戦略▼7つの具体的な統一推進案によって構成されるが、その核心は、北朝鮮住民に「自由」を届け広げることと「人権の擁護」であり、何より自由を渇望する北朝鮮住民に期待し、内部からの体制変化を促すことに焦点が当てられている。

韓国政府がこれまで公式な統一構想としてきたのは、1989年11月当時の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が国会で表明した、自主、平和、民主の3原則に基づく「民族共同体統一案」だというから、それ以来35年ぶりの新たな統一構想ということになる。

北朝鮮の人権問題に沈黙してきた韓国左派政権

ところで、これまで韓国の歴代政権のなかで保守政権は北朝鮮を人権問題で非難することはあったが、北朝鮮に対して太陽政策や包容政策を主張してきた金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)、文在寅(ムン・ジェイン)などの左派政権は北朝鮮国内の人権問題について完全に沈黙してきた。北朝鮮との対話を重視する立場から、金王朝のご機嫌を伺うばかりで、北朝鮮住民の自由や人権の問題などはむしろ対話の障害だと考えていたふしさえある。

しかし、韓国憲法第4条では「自由民主的な基本秩序に立脚した平和的統一政策を樹立し、これを推進する」とあり、南北平和統一は韓国憲法によって規定された「国是」とするなら、北朝鮮住民の現状に想いを寄せ、彼らの困窮の前に援助の手を差し伸べるのは当たり前のことで、自由の価値に最大限の重きを置く尹大統領にとっては、北朝鮮住民の自由と人権は見捨てることのできない切実な課題だったに違いない。

しかし、北朝鮮王朝国家の専制独裁者・金正恩(キム・ジョンウン)は、南北関係を「統一を志向する同族関係」でなく「交戦中の敵対国」だと規定し、南北を繋ぐ道路・鉄道を破壊し、軍事境界線に壁をつくって分断化を進めている。また死者1500人以上といわれる7月末の洪水被害に対し、韓国が援助を申し入れても無視し続けている。

自由を渇望する北朝鮮住民による変化を期待

尹大統領は、今回の「8・15統一ドクトリン」で南北の「対話協議体」の設置を呼びかけているが、金王朝政権が極度に嫌う人権問題に触れ、実質的に自由民主主義に基づく韓国による吸収統一を主張しているため、北朝鮮が対話に応じる可能性はない。それだけに、北朝鮮住民に韓国と世界の情報に直接アクセスできる方法を模索し、北朝鮮住民が韓国の体制に憧れ、奴隷制全体主義・強権管理国家である北朝鮮の体制に忌避感を抱き、そこからの脱出を望む住民を増やす必要がある。光復節79周年の尹大統領の演説が、そうした北朝鮮国内の状況変化にどんな影響を与えるか、注目したい。

そこで、尹大統領が具体的にどんな言葉で、新たな南北統一案に言及し、そこに尹大統領のどんな想いが込められているのか、見てみたい。以下の演説文の日本語訳は、韓国大統領室のサイトに掲載された(「第79周年光復節祝賀式大統領祝辞」「完全な光復に向けたより大きな大韓民国、統一大韓民国へと力強く進みましょう!」)の韓国語原文から翻訳ソフトpapagoを使い自動翻訳したもので、日本語らしくするため若干手を加えた。

(現在、演説全文の日本語訳は以下のサイトで見ることができる)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/0a57654291981e164d66862008c64cfa6f5499b2


尹大統領演説 北朝鮮住民に自由の価値を目覚めさせる

尹大統領は演説の冒頭で、北朝鮮を「自由を剥奪された凍土の王国、貧困と飢餓に苦しむ北の地」と呼び、そこに「私たちが享受する自由が拡張されなければならない」として、以下のように主張した。

<「北朝鮮住民が自由統一を強く熱望するように、配慮し、変化させることが課題です。自由の価値を北に拡張し北朝鮮の実質的な変化を引き出すのに、私たちがもっと積極的に乗り出さなければなりません。」(略)

「北朝鮮人権の惨状を韓国国民と国際社会にありのまま正確に知らせなければなりません。(略)国内外の民間団体(NGO)、友好国、国際機関と協力して北朝鮮の人権蹂躙の実態をより広く知らせ、人権改善を持続的に促します。」

「<北朝鮮人権国際会議>を推進し、北朝鮮人権談論を全方位的に拡張していきます。<北朝鮮自由人権ファンド>を造成し、北朝鮮住民の自由と人権を促進する民間活動を積極的に支援します。北朝鮮住民の生存権保障のための人道的支援も引き続き推進していきます。」(略)

「北朝鮮の乳幼児、女性、高齢者、障害者など北韓の脆弱階層に対し、食料、保健をはじめとする人道支援を今後積極的に推進していきます。

北朝鮮住民が自由の価値に目を覚ますようにすることがとても重要です。多くの北朝鮮離脱(脱北)住民は私たちのラジオ放送、TVを通じて北朝鮮政権の偽りの宣伝扇動を気がつくようになったそうです。自由統一が彼らの生活を改善する唯一の道であることをより多くの北朝鮮住民が悟り、統一大韓民国が自分たちを包容するという信頼を持たせれば、彼らが自由統一の強力な友軍になります。

特に、北朝鮮の未来世代に自由統一の夢と希望を植えつけなければなりません。

北朝鮮住民が様々な経路で様々な外部情報に接することができるよう、「情報アクセス権」を拡大します。「‘先に来た統一’の人」(‘먼저 온 통일’인)である脱北住民を暖かく抱くこともとても大切です。」>


韓国ドラマをみたという北朝鮮住民は8割

これを読むだけで、尹大統領が北朝鮮の住民が直面する状況がどれだけ悲惨で、解決すべき課題がどれほど深刻なのか、よく理解し、北朝鮮住民の心情に寄り添い、深い同情の念を示していることがわかる。韓国の歴代左派政権のなかで、北朝鮮が抱える現実について、これだけストレートに表現した大統領をいまだかつて見たことがない。一般の韓国人にしても、北朝鮮の住民が抱える実情については、見ても見ないふりをし、日常のなかで話題にするのを避けるのが普通となっている。

実は北朝鮮では今、秘かに韓国の歌やドラマに染まり、南の韓国に憧れる人が増えている。韓国のドラマを見た中学生30人が銃殺刑にされたというニュースが伝わるなど、厳しく規制されている中で、脱北住民に対する調査では、北朝鮮住民の8割は韓国ドラマを視聴したことがあると答えている。

<中央日報7・12「北朝鮮、中学生30人を銃殺…対北風船に入った韓国ドラマを見た罪で」>

脱北した20代女性の話だと韓国ドラマを見るときは「外に音が聞こえたらいけないので、布団をかぶってイヤホンをして見た。この世の中で一番幸せなことだった。」「学校に行くと、みんな韓国の映画やドラマを見たという話ばかりしていた。」という。

<朝鮮日報7/15「ドラマ見て死刑なんてありえない、暴動が起きればいいのに」…脱北女子大生らが明かした北の韓ドラ視聴の実態とは」>

韓国大統領のメッセージは北にも届いている

実は2016年の朴槿恵大統領による8・15演説を知った後、脱北すると心に決めた」と語る脱北住民がいるなど、大統領が3・1独立節や8・15光復節で行う演説の内容は、北朝鮮の住民にも、ある程度浸透していることが分かっている。また最近は北朝鮮外交官の亡命が頻発しているが、海外勤務のエリート層は韓国大統領が発するメッセージにも接する機会が多く、これがエリート層の動揺を誘っている、という分析もある。

<朝鮮日報8・22「北に統一を呼び掛ける韓国大統領のメッセージ、北のエリート層脱北の起爆剤になっていた」>

つまり、韓国大統領が発するメッセージの北朝鮮住民に対する影響力、なかんずく金王朝に対する破壊力は、けっして侮ってはいけないということになる。

演説では過去の日本との歴史に言及せず

ところが、こうした尹大統領の8・15演説に対して、日本の過去の歴史問題や対日関係についての言及がいっさいなかったことが、野党勢力の猛反発を招き、「親日政権」だという批判が噴出している。もともとことしの8・15光復節の記念行事は、独立運動に関わった活動家の子孫や遺族らで作る団体「光復会」と野党勢力が、政府主催の公式行事への出席を拒否し、独自の集会を開催するなど、光復節の国家行事が初めて分裂開催されるという異常な事態になっていた。尹政権が、韓国の独立運動の歴史を展示する独立記念館(天安市)の新しい館長に、「ニューライト」と呼ばれる、いわゆる「植民地近代化論」を肯定する論客を就任させたことに、光復会や野党が反発し、撤回を求めたのが原因だった。

前の文在寅政権で「史上最悪の日韓関係」となった反動からか、対日関係の改善を重視する尹大統領は、これまでも過去の歴史問題を取り上げるよりも、未来志向の日韓関係に重きを置く演説が多かった。そして独立記念館館長のほかにも韓国学中央研究院、国史編纂委員会、東北アジア歴史財団などにもニューライト的な性向を持つ人たちを次々に指名し配置してきたとされる。ニューライトと呼ばれる学者たちは、左派的歴史観に偏向した歴史教科書を朴槿恵政権の下で修正しようと試みた人達で、尹大統領も同じように過去の歴史記述に関する修正を指向しているのかもしれない。

しかし、こうした尹政権の動きに対して、最大野党「共に民主党」は、現政権を「親日密偵政権」だと批判し、尹大統領に対しては「精神的内鮮一体」「崇日ではないか」などと攻撃している。李在明(イ・ジェミョン)代表は「大統領室が配慮すべきは大日本帝国の天皇ではなく、大韓民国国民の思いだ」と発言した。さらに祖国革新党の曺国(チョ・グク)代表は尹大統領を「朝鮮総督府の第10代総督」と批判した。

<朝鮮日報8・21「日本帝国主義下でもないのに「密偵政権」「第10代総督」 韓国政界で時代遅れの親日・反日論争」>

いまの時代に「大日本帝国」とか「朝鮮総督府の総督」といった言葉が出てくること自体が驚きだが、この人たちはいったい、いつの時代を生きているつもりなのかと聞きたくなる。

(後編に続く)

(この動画を見れば、日本統治を象徴する建物だった朝鮮総督府が歩んだ歴史、過去の日本統治に対する韓国左派の人たちの感情を知ることができる。)

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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