大統領弾劾はK-POP「フェスデモ」の韓国式民主主義の成果だって?

よその国のことだから、あれこれ言う必要もないのだが、第三者の目で外から見ていても、韓国国民の政治的選択とその判断には、どうしても納得がいかない。

12月3日深夜、尹錫悦大統領が発令し、翌朝4時半に自ら解除するまで、わずか6時間に終わった戒厳令発令をめぐって、その背景には何があるのか、メディアや研究者の間でもさまざまな言説が繰り広げられている。中には、夫人の不正疑惑に対する野党の追及をかわし夫人を守るためだったとか、戒厳軍兵士が国会より先に中央選挙管理委員会の庁舎に侵入しサーバーシステムの点検を行ったのは、大統領が特定のユーチューバーの情報だけを信じた結果、中央選挙管理員界のサーバーシステムに欠陥があり、北朝鮮によるハッキング攻撃を許すなど、データ操作が可能であり、野党が大勝した4月10日の総選挙の結果にも不正があったと信じたことに原因があったとして、いわゆる「エコーチェンバー」現象を指摘する声もある。

大統領は極右ユーチューバーの罠にかかったという説

エコーチェンバー(echo chamberは「反響室」の意)とは、「SNSにおいて、価値観の似た者同士で交流し、共感し合うことにより、特定の意見や思想が増幅されて影響力をもつ現象」(デジタル大辞泉)のこととされる。しかし、中央選挙管理委員会によるデータ管理に不正があったという指摘は保守系ユーチューバーやサイトで繰り返し流されてきたこと確かだが、これを単なる「陰謀論」(毎日新聞15日付「韓国戒厳尹氏が信じた選挙“陰謀論”」)だと言って一蹴するには、中央選管側の説明が足りず、その姿勢にもまだ疑問が残る。

尹大統領が12月12日の国民向け談話で、中央選管の問題点として上げたのは、北朝鮮によるハッキング攻撃のほか、外部からの侵入を許す脆弱なファイアウォールや簡単なパスワードの問題があり、国家情報院が北朝鮮によるハッキング攻撃を発見し、電算システムの安全姓を点検しようとしても、当初は「選挙管理委員会は憲法機関であることを理由に、頑強に拒否」(カギ括弧内は尹大統領の演説文より引用、以下同じ)し、その後国情院の点検を受け入れたものの「システム機器全体のほんの一部のみの点検に応じ、残りは応じなかった」という。そして「選管は憲法機関で、司法部(省)の関係者が委員を務めているため、令状による家宅捜索や強制捜査は事実上不可能」で、選管が「自ら協力しなければ真相究明は不可能」だが、「自分たちが直接データ操作したことはない、という言い訳を繰り返すだけ」で、尹大統領の不信感を拭うには到らなかったようだ。

朝鮮日報12/12「非常戒厳の目的は『国民に野党の反国家的悪行を知らせ、これをやめるよう警告するもの』尹大統領の国民向け談話全文」


巨大野党の反国家的な横暴を知らせるための戒厳令

尹大統領は12日の「国民向け談話」の中で、戒厳令発令の直接的契機になったのは、中央選管の疑惑を調査する監査院長や李在明氏に対する刑事事案を捜査するソウル中央地検の検事3人に対して、野党共に民主党が弾劾決議案を国会に上程する動きを見せたことだとして次のように述べている。

「巨大野党・共に民主党が自分たちの不正を捜査し監査するソウル中央地検長と検事たち、憲法機関である監査院長を弾劾すると言った時、私はもうこれ以上はただ見守ることはできないと判断し(略)、私は非常戒厳令発動を考えるようになりました。巨大野党が憲法上の権限を乱用し、違憲的措置を繰り返しましたが、私は憲法の枠内で大統領の権限を行使することにしました。現在の亡国的な国政まひの状況を社会かく乱による行政・司法の国家機能の崩壊状態だと判断し、戒厳令を発動するものの、その目的は国民に巨大野党の反国家的な弊害を知らせて、これをやめるよう警告することでした。そうすることで、自由民主主義の憲政秩序の崩壊を防ぎ、国家機能を正常化しようとしたのです」。

つまり、戒厳令の発令は、国会で3分の2近くの議席を有し、圧倒的な数の力で、立法機能を牛耳り、政府閣僚人事に弾劾決議を突きつけて行政機能を麻痺させ、政府予算案を勝手に修正して政府の主要政策の遂行を妨害するなど、野党側の「国会独裁」ともいうべき横暴を改めて白日の下にし、国民生活を守る国政も機能せず、麻痺していることを国民の目に晒すことに戒厳令という、いわば「ショック療法」の目的があったといっているのだ。

李在明氏のための防弾立法と国会の私物化

尹大統領が談話の中で具体的に数字を挙げて言っているのは、大統領の退陣と弾劾を要求する集会が、大統領選挙後から2年半の間に少なくとも178回。政府公職者の弾劾を推進したのは政権発足後から数十人に上り、実際に国会で弾劾決議が可決され、その時点で職務停止となったり、自ら辞職したりした閣僚ポストは22人に達する。また、金建希夫人の疑惑を捜査するためなどとして、国会独自の特別検察官を指名する発議は27回に上った一方、李在明氏の不正を捜査した検察官や裁判を担当した判事については罷免や弾劾の脅迫を繰り返してきた。

これについて尹大統領は「自分たち(野党側)の不正を調査した監査院長と検事たちを弾劾し、判事たちを脅迫する状況に至りました。自分たちの不正を隠すための防弾弾劾であり、公職綱紀と法秩序を完全に崩すことです。(略)犯罪者が自ら自分に免罪符を与えるセルフ防弾立法まで強引に進めています。巨大野党が支配する国会が自由民主主義の基盤ではなく、自由民主主義の憲政秩序を破壊する怪物になったのです。これが国政まひであり、国家危機の状況でなければ何だというのですか?」と訴えている。

最大野党「共に民主党」と李在明代表が、尹政権の人事に反抗し弾劾を繰り返すのは、政権の機能を麻痺させ、尹大統領を退陣に追い込み、次の大統領選挙を一日も早く実現させるためだ。なぜなら李在明氏が一審で有罪になった公職選挙法違反の控訴審と最高裁の判決が最大5か月後に迫り、有罪が確定すれば公民権停止となり、大統領選挙に立候補する資格を失うからだ。

野党の妨害で手も足も出せない尹政権の苦境

野党側が尹政権の退陣に向けて仕掛けているのは人事だけではない。尹政権が国民のための主要な政策として掲げる政策への妨害である。

尹大統領は国民向け談話の中で、現行の法律では中国人などによるスパイ行為をスパイ罪で処罰する方法はないが、刑法のスパイ罪条項の修正案に対して、野党が頑強に反対したという。さらに北朝鮮による核武装やミサイルによる挑発、GPS衛星測位システムの攪乱や汚物風船の放出、それに北朝鮮の指令を受けていたことが発覚した民主労総スパイ事件に関しても、「巨大野党はこれに同調するだけでなく、むしろ北朝鮮の肩を持ち、これに対応するために孤軍奮闘する政府を傷つけてばかりいました。北朝鮮の不法核開発に伴う国連の北朝鮮に対する制裁もまず解除すべきだと主張します。いったいどこの国の政党で、どこの国の国会なのか分かりません」と主張する。

そして来年度の政府予算案について、野党側は独自に修正した上で、11月末、韓国憲政史上初めて野党側の単独採決で可決した。その予算案では「検察と警察の来年度の特別業務経費、特殊活動費の予算を完全に0ウォンへと削減」、つまり「金融詐欺事件、社会的弱者対象犯罪、薬物、ディープフェイク犯罪対応などの民生侵害事件捜査、そして対共スパイ捜査に使われる緊要な予算」をすべて削減した。これについて尹大統領は「大韓民国をスパイ天国、麻薬巣窟、組織暴力団の国にするということではないか?」と訴え、野党は「国を滅ぼそうとする反国家勢力」だと糾弾した。

一方、韓国経済の成長エンジンとなる産業政策については、野党は尹政権の政策方針に真っ向から反対し、原発推進の関連予算、量子・半導体など基礎科学研究、パンデミックに備えるためのワクチン関連の研究開発費、日本海での海底ガス田探査事業費、災害対策予備費などを大幅に削減したほか、青年雇用支援事業、革新成長ファンド、中小企業育成予算も削減した。これに対して尹大統領は「今、大韓民国は巨大野党の議会独裁と暴挙で国政がまひし、社会秩序がかく乱され、行政と司法の正常な遂行が不可能な状況です」と訴えた。

弾劾決議後に跳ね上がった野党支持率

尹大統領の国民向け談話からは、こうした国政麻痺、秩序攪乱の状況に対して、実力部隊の軍を動かして対処することの是非はともかく、戒厳令発令の裏に野党の横暴を国民に訴えたいという切羽詰まった事情があったということも分からないではない。

来年度予算に対する野党の横暴は、国民生活に直接影響し、韓国経済の先行きにも直結する政策の変更でもある。しかし、こうした野党主導の国会の独断専横に対して、韓国国民の反応は鈍感だというしかない。それは、戒厳令発令解除と尹大統領弾劾決議可決後に行われた世論調査の結果を見ても分かる。世論調査会社のリアルメーターが16日に発表した調査結果によると、政党支持率は保守系与党「国民の力」が前週か0.5ポイント下落した25.7%と「現政権発足後、最低を更新」したのに対し、革新系最大野党「共に民主党」は4.8ポイント上昇した52.4%となり、「現政権発足後、最大の差」にまで広がった。

聯合ニュース12/16「韓国与党の支持率 25.7%で最低更新=最大野党は52.4%で最高に」

12月14日、韓国国会で行われた尹大統領弾劾決議案可決に関するKBSのネットライブ配信を見ても、弾劾に賛成する市民が国会周辺に10万人以上集まった一方で、光化門前の広場には、弾劾に反対する保守系市民もかなりの数が集結し、相変わらず韓国世論は割れていることがわかった。しかし、弾劾決議を経てさらに野党支持が増えているということは、尹大統領の戒厳令発動に対する反発とともに、野党側の主張、とりもなおさず次期大統領としての李在明氏への支持が拡大していることになる。

「不正のデパート」でも李在明氏の人気は衰えない不思議

李在明氏といえば、現在、5つの裁判で公判中の身分であり、数多くの不正や疑惑にまみれてきた人物でもある。尹大統領が指摘する通り、これまでの野党の行動はすべて李在明氏の容疑を否定し、裁判で無罪を獲得するための「防弾国会」、すなわち誰が見ても李在明氏が国会を私物化する「国会独裁」の姿だった。

李在明氏は、尹大統領に対する弾劾決議案の理由として「尹大統領は北朝鮮、中国、ロシアを敵対視し、日本中心の奇異な外交政策にこだわっている」という奇妙な論理を掲げるほどの反日論者であり、日米韓の共同訓練を「自衛隊を韓国領土に進駐させることに繋がる」といって反対したり、福島原発処理水の海洋放出を何の科学的根拠もなく「放射能テロ」だとか、「第二の太平洋戦争」だと極言し、韓国国民の不安を煽動する人物である。これらの言動を見ても日本にとって最も警戒し忌避すべき政治家であることは間違いない。しかし、韓国国民の受け止め方は違い、李在明氏に韓国の将来を託す方向にあるようだ。

ところで、冒頭でも言及したが、今回の戒厳令発令の裏には、大統領夫人金建希氏に対する不正疑惑についての野党側の追及をかわし、夫人を擁護する狙いがあったという見方がある。しかし、夫人の株価操作疑惑にしても、文政権時代の検察が長期間にわたる捜査で不正はなかったとして不起訴となっている。高級ブランドバック授受と贈賄疑惑は、隠しカメラまで使ってその授受の現場を撮影して公開するなど、贈った側の陰謀に嵌(は)まった罠であることは誰が見てもわかることだ。しかも金夫人にこれらの不正が実際あったとして国政にいかなる重大な影響があったというのだろうか。政治ブローカーによる公認候補者介入疑惑にしてもブローカーが推薦したといわれる候補者は実際には当選していなかった。

こうした疑惑の真相解明に向けて、国会が特別検察官を任命し、相当の国家予算を費やして、たとえ不正が特定できたとして、それは金夫人の個人的な行動に対する処罰の問題であり、大統領本人とは直接的な関係はなく、国政全般や個別の政策に何らかの影響を与えたという類いの話でもない。ましてや国家予算に何か損失を与えたという話でもない。

公的な予算に損失を与えたという話なら、文在寅前大統領の夫人が自分の着る衣裳や宝飾品を大量に買い漁って私物化しているという疑惑や、インドなどへの旅行を楽しむために大統領専用機を個人で使い、官邸スタッフを同道させ、多額の国家予算を無駄遣いしたという疑惑、さらに文在寅氏の娘の夫に対する就職斡旋の便宜供与や娘への不正送金疑惑のほうが罪状は重い。また李在明氏の京畿道知事時代に、本人とその妻が役所の公用クレジットカードを使って、寿司や焼き肉などの食品、高級シャンプーなど家庭用品の購入を繰り返し、公費を横領して多額の損失を与えた事件のほうがはるかに罪は大きい。なぜ、こうした疑惑の捜査や司法手続きを急がないのか?

「党争」を繰り返す韓国式民主主義の大騒ぎ

それにしても、韓国の政治の動きをみていると、どうしても李氏朝鮮時代の党派対立「党争」の姿を思い起さざるをえない。慶応大の小此木政夫名誉教授は韓国政治が劣化している理由について「朝鮮ナショナリズムの分裂が妥協を拒んでいる」からだとして次のように解説する。「韓国の知識人たちはいまだに李承晩(韓国初代大統領)と金九(大韓民国臨時政府主席を務めた独立運動家)の独立路線のいずれが正しいのかを真剣に論争している。それに金日成(北朝鮮主席)路線が加わる。言い換えれば、政権が交替するたびに歴史論争が繰り広げられる。特に進歩(革新)政権は民族主義傾向が強まり、歴史解釈にこだわる」(朝日新聞12月15日)。自分の党派に属さない勢力に対しては妥協のない報復を繰り返し、徹底的に排除しようとする。その姿は、古代奴隷性王朝国家の李朝時代と変わらない党派の争い「党争」に明け暮れる世界と何の変わりもない。

『韓国消滅』(新潮新書2024/9)を書いた鈴置高史氏によると、韓国の人々は「日本以上の民主主義を実現した」「アジアで唯一、経済成長と民主主義を自力で実現した国」と豪語するが、彼らがいう民主義主義の実態とは、単に西側先進国と並ぶ民主主義国のブランドや称号が欲しかったに過ぎず、西側諸国のそれとは異質の民主主義だという。韓国式民主主義の胡散臭さは、彼らが「広場民主主義」と呼称するように、選挙で選ばれた大統領を大衆の声の大きさで簡単に弾劾し、退陣させられると考えている点だ。今回も大統領弾劾を叫んで広場に集まった大群衆は、それぞれが色とりどりの推しのK-POPアイドルのペンライトを揺らし、まるで「フェスデモ」といった雰囲気だったという。一時の熱気でフラストレーションを解消し、カタルシスを味わうことはできたとして、このあとの実際の生活で政治の変化で何かが改善、向上したという実感を持つことができるだろうか?どうでもいいけど、そうなればいいのだが・・・。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

0コメント

  • 1000 / 1000