今年は3・1独立運動、上海臨時政府樹立から100年。今の韓国の建国の原点は、その100年前にあるというのが、文在寅(ムン・ジェイン)政権の存在基盤でもある。なによりも朴槿恵(パク・クネ)前政権を転覆させ、自分を政権に押し上げた「ろうそく革命」は、3・1独立運動の精神を引き継ぎ、臨時政府の正統の流れを汲んでいるのは自分たち左派政権だと考えているからだ。
独立運動の起点の3月1日、臨時政府が発足した4月11日には、それぞれ大規模な記念式典が行われた。そんななか、光化門前の大通りに面するソウル政府庁舎や外交部の建物の上部の壁面に大きな人物画のポスターが掲げられているのを目にした。ソウル政府庁舎の人物画は、遠すぎて人物を特定できなかったが、同じ人物画が、同じ光化門通りに面した教保文庫ビルディングにも掲げられていた。こちらはビル壁面の低い位置にあり、カメラで撮影したあと、写真を拡大すると、写真の片隅にハングルで表示された名前を確認できた。それらは、左から金九(キム・グ)、金相玉(キム・サンオク)、安昌浩(アン・チャンホ)、南慈賢(ナム・チャヒョン)、安重根(アン・ジュングン)、尹奉吉(ユン・ボンギル)、呂運亨(ヨ・ユニョン)、李奉昌(イ・ボンチャン)、そして柳寛順(ユ・グァンスン)の8人。中には拳銃や機関銃、手榴弾を手にした、ものものしい姿で描かれた人物もいる。あとで聞いたら、韓国では有名なイラストレーターが制作したポスターだという。
その絵と名前から人物がすぐ分かったのは、ハルビン駅頭で伊藤博文を暗殺した安重根と3・1独立運動の女性闘士で抗日運動の象徴的存在だった柳寛順、それに上海臨時政府主席を務め戦後の韓国でも政治指導者として活躍した金九ぐらいで、そのほかはあまりなじみがなく、改めて調べてみた。
まずは拳銃を手にした立ち姿で描かれる金相玉(キム・サンオク)は、1923年1月22日、拳銃2丁を手にして、京城・鍾路区で1,000人余りの日本軍警と3時間に渉る市街戦を展開して16人を殺傷し、残った最後の銃弾で自決したとされる人物で、今でいえば、まさに自爆テロリスト、無差別銃撃犯と変わりはない。彼の銅像は若者たちが集まるソウル大学路のマロニエ公園に建っているが、1000人を相手に市街戦を展開した人物とは思えないきちんとした背広姿で立っている。しかし、その像の台座には、当時の市街戦の模様を伝える朝鮮日報や独立新聞の紙面がレリーフで刻まれている。
両手に手榴弾を持ち、おどけた笑顔で描かれている李奉昌(イ・ボンチャン)は、昭和7年(1932年)1月8日、陸軍観兵式のため行幸した昭和天皇の車列に向けて、手榴弾を投げ込んだ、いわゆる桜田門大逆事件を起こした犯人である。手榴弾は天皇の乗った馬車ではなく、はるかに離れた別の馬車に投げ込まれて爆発し、軽微な破損を与えたに過ぎなかった。李奉昌は現場で直ちに取り押さえられ、のちに大逆罪で有罪となり、死刑が執行されている。彼の銅像は、孝昌(ヒョンチャン)公園にある金九記念館の前に、こちらは手榴弾を手にして投げる姿そのままで立っているが、テロリスト以外の何ものでもないこの像から何を後生に伝えたいと思っているのだろうか。
同じく何か武器のようなものを胸の前に掲げる姿で描かれる尹奉吉(ユン・ボンギル)は、おなじく昭和7年4月29日の天皇誕生日(天長節)に、上海の日本人街の虹口公園で行われた祝賀式典会場で要人席に向かって手榴弾を投げ込み、上海派遣軍司令官白川義則陸軍大将らを殺害したほか、上海駐在の重光葵公使など民間人を含めて多数を殺傷した、紛れもないテロリストだ。
そして女性なのに機関銃を手にし、勇ましい軍装で描かれる南慈賢(ナム・チャヒョン)は、「満州の女虎」と呼ばれた人物で、夫を日本軍に殺された恨みを晴らすため、47歳にして暗殺団に参加し、朝鮮総督斎藤実を狙撃しようと二度にわたって満州からソウルに潜入したが、二度とも失敗。獄中では断食闘争を行なって命を絶つという猛者ぶりを発揮した女闘士。
2015年、韓国で公開された映画「暗殺」は、まさに金相玉や南慈賢をモデルにした映画で、南慈賢は有名女優チョン・ジヒョン扮する美人の女狙撃手(スナイパー)として描かれている。また金相玉による銃撃戦の模様もはでな市街戦として展開されている。光化門前の巨大ポスターの人物画は、なんとなくこの映画に触発されて描かれた節が見える。
また、この映画でも描かれているが、上海臨時政府主席を務めた金九は、韓人愛国団を組織して李奉昌の桜田門事件、尹奉吉の上海天長節爆弾事件を指示し、暗殺指令を出している。ポスターに描かれる呂運亨(ヨ・ユニョン)や安昌浩(アン・チャンホ)も上海臨時政府に参加したあと、韓人愛国団にも関係した容疑で逮捕され、服役した経験をもつ人物たちだった。要するにポスターに描かれた8人中7人までが何らかの暴力事件、テロ活動に関わった人物なのである。
つまり韓国政府と文在寅政権は、こうした人物を大型ポスターに描いて政府の建物に堂々とかかげることで、無差別暴力事件やテロ活動を無批判に肯定し、テロリストを国家の英雄として公然と顕彰して恥じることもない政権なのである。というよりも、この100年の歴史を振り返るときに、国を代表する人物としては、現代から見たら犯罪者としかいえない人物しか見つけることができないというのが実態なのだろう。
映画「暗殺」は、韓国人の5人に1人にあたる1200万人以上が見たといわれる。韓国の人々は、日本の植民地統治を振り返るとき、こうした「独立運動の義士」と彼らが呼ぶ人物たちの足跡を通してその時代をイメージしているという事実は、日本人にとっては重くつらい現実だが、しかし、そこから目を逸らすのではなく、直視すべきだと思う。彼らが、本当に人類の歴史に恥じない、一点の曇りもない偉人であり英雄だったのかは、客観的に検証しなければならない。
それにしても3.1独立運動も上海臨時政府も、歴史に何か建設的な成果や実績を残したかというと、結果的には何もない。むしろ破滅的な暴力事件やテロ活動で名を残したにすぎない。そして、その数々の暴力的なテロ行為も、何かを変えることにはならなかったのは、その後の歴史の経緯をみれば明らかだ。
そして今、文政権が援助の手を差し出そうと必死になっている北朝鮮の独裁政権自体が、紛れもないテロ国家だ。ラングーン事件や大韓航空爆破事件、天安艦撃沈事件など数々のテロ事件を何の大義も正義もなく実行し、多くの日本人を拉致監禁し、著しい人権蹂躙と主権侵害という国家テロを重ね、つい最近もマレーシアの空港で猛毒の化学兵器を使って異母兄を殺害するという異常な国家だ。文政権は、そうした北朝鮮の過去のテロ行為に対する責任を不問に付し、北朝鮮国民が苦しみ続けている人権抑圧、奴隷支配の実態に目をつむり、ひたすら南北統一という民族主義実現に血道を上げている。
韓国政府と文政権が、いま真っ先に行うべきものは、何の成果も生み出さなかった独立運動や上海臨時政府の過去を振り返るのではなく、21世紀の世界にあって、古代奴隷制の王朝そのままに自由と人権を剥奪され、この世の地獄、奴隷状態に置かれている民族同胞を、一刻も早く救い出すことではないのか。現にすぐ隣に存在し、同時代を共有する不幸な同胞を放置しておいて、二世代も三世代も前の日本の過去のことなど、あげつらう暇はないはずだ。
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