6)チベットの現状
・いわゆる中華世界「天下」の趨勢を左右し、天下を改めるきっかけとなったのは、つねに異民族(東夷西戎)との攻防の歴史だった。中国の命運を変える可能性があるとしたら、中国支配の脅威におびえる周縁の地域、民族、国家である可能性が高いことはこれまでの歴史が教える教訓でもある。そこで中国の周辺部でホットスポットになっているチベットやウイグルの現状を俯瞰する。
・チベット自治区と四川省など周辺のチベット人居住区では、僧侶の焼身自殺が相次いでいる。信教の自由を求め、中国による宗教・文化弾圧に抗議する僧侶の焼身自殺は2009年以降、すでに140人以上(2016年2月現在)に上る。共産党政権は、焼身自殺に対しては厳罰で対処する方針を示し、焼身自殺者を出した町や村は見せしめのため、電気・水道の供給停止しているという。
ダライラマのインド亡命につながった「ラサ蜂起」は1959年3月10日に発生したが、この3月10日の記念日は、毎年、チベット人による集会が各地で開かれ、時には大規模な抗議デモに発展することも多い。北京五輪を控えた2008年3月10日には、ラサでの抗議集会が暴動に発展し、死者200人、5700人の拘束者を出した。この年は、その後も北京五輪の聖火がリレーされる世界各地でチベット人による抗議活動が起きた。
・チベットでは実際どんな弾圧が行われているのか?文革時代にはほとんどの寺院が破壊され、仏像や仏具など文化財が消失した。僧侶や尼僧に対しては還俗を迫り迫害した。現在、寺院の再建が進められているとはいえ、チベット語の使用禁止、政治学習の強制など、依然としてチベット文化の弾圧が進められている。いわゆる漢化政策、漢族支配の確立のため、漢族が人口の半数以上になるよう漢族の移民が促進され、チベット人女性との通婚が奨励されている。ラサの都市化や経済開発も急ピッチで行われているが、その主体は漢族で、漢族の進出と漢族による経済支配が急速に進んでいる。一方で、チベット人の伝統的な暮らしである遊牧が禁止され、定住化が迫られている。
・チベットは、徹底した警察監視社会でもある。警官の詰め所、軍の検問所が至る所にあり、観光客は繰り返し入境審査を受ける。世界遺産のポタラ宮など寺院には、文化財保護を名目に制服の消防隊員が常駐しているが、僧侶を監視する目的もあることは明らかだ。住民の間では、5人組のような隣組制度による相互監視が行われ、生体認証チップ入りの身分証携帯が義務付けられている。
・チベットが抱える課題としては、地下資源の乱開発や森林伐採による環境破壊、それに10以上の大河の源流となりアジア20億人の水源となっているヒマラヤの氷河が消滅の危機に瀕していることだ。資源の乱開発と簒奪、森林破壊は、中国人によるもので、西寧からシガツェまで開通した青蔵鉄道は、そうした資源の搬出ルートにもなっている。
・チベット仏教の将来がどうなるかも大きな課題となっている。ダライラマ14世は、自分の逝去とともに「転生」制度を廃止するとしたり、自分の生まれ変わりはチベット・中国以外の場所で生まれるとも言っている。中国政府による「活仏」の認定と監視が行われているため、その牽制の意味合いもあると思われる。ダライラマがチベットに帰還できず、チベットの伝統と文化が失われていく事態に、チベット人の間では焦りと苛立ちがある。在外チベット人の投票で亡命政府の首相に選出された48歳のロブサン・センゲ首相は、チベット青年会議の出身。北京五輪の開催反対を叫んで世界各地で抗議運動を展開したのもこの組織で、チベット独立を主張してテロ活動も辞さずとするなど年々過激化している。
7)新疆ウイグルの現状
・ウイグル人たちは自分たちの暮らす土地を「東トルキスタン」と呼ぶ。彼らは「東トルキスタン共和国」として2回、独立宣言をしている。1回目は1933年11月12日、2回目は1944年11月12日。どちらも中国やソ連の介入で短命に終わったが、この11月12日は、現在も彼らにとっては記念すべき「建国記念日」となっている。もともと宗教的にも文化的にも中国とはかけ離れていて独立志向の強い地域でもある。
・去年の旅でウルムチに向かう途中の高速道路の料金所に「「三股勢力」は新疆社会の安定と治安を破壊するすべての根源だ」と書かれた政治スローガンの看板を見た。「三股勢力」とは暴力テロ、民族分離主義、イスラム過激主義を指す言葉で、中国政府はウイグル人をその種の危険がある人たちと見ている。そのために駅や検問所でもウイグル人の持ち物検査や身体検査は、徹底的に行われていた。
・2009年7月5日、ウルムチでウイグル人と漢族が衝突する大規模な暴動が置きた。広東省の工場で起きたウイグル人労働者殺害事件をきっかけにウイグル人の抗議デモが広がり漢族との衝突に発展した。このときの死者は156人だが、ウイグル人のデモ参加者3000人以上が拘束され行方不明になっている。翌日にはカシュガルでも抗議デモがあり、拘束された1万人が行方不明になったと、事件後に国外脱出したウイグル人が証言しているという。
ウイグルでは、テロや暴力事件は頻発しているが、抗議集会はすぐに武力鎮圧され、拘束された参加者が裁判もなしに消息不明になるというケースが多い。
・宗教弾圧も厳しい。(以下は、中国人作家・王力雄の「私の西域、君の東トルキスタン」(集広舎)から…この本は、中国人とウイグル人の対話を通じてウイグル問題を幅広く論じた秀逸ルポ)。
若い人たちの宗教活動が禁止され、モスクの入り口には青少年の参拝禁止やコーラン禁止が表示されている。そのため金曜礼拝がある金曜日には生徒たちを必ず学校に集めたり、ラマダン月に昼食を強要したりすることもある。また男子のひげも禁止され、ひげを生やしていると仕事に就けないなどの嫌がらせを受ける。
・中国語の押し付けも厳しい。小学校は漢語学校とウイグル語学校があるが、ウイグル語学校でもウイグル人教師は中国語を学ぶよう強制され、中国語ができない教師は排除される。中国語ができるかどうかで雇用が判断され、中国語のしゃべれないウイグル人は就職差別を受ける。
15歳から25歳の若いウイグル人女性を沿岸部の工場に強制的に集団就職させることが行われている。民族の消滅、民族浄化を狙った人口政策ではと疑われる。
・経済支配と資源の簒奪も激しい。
新疆ウイグルの経済・資源を牛耳っているのは「新疆建設兵団」。もともとは対ソ国境警備の屯田兵だが、漢族による植民地支配の先兵として新疆ウイグルに送り込まれた入植者たちでもある。しかし、現在は新疆最大の利権独占集団になっている。たとえば、条件の恵まれた優良農地や水利権を独占し、農産物買取価格や農業資材の価格を自分たちに有利に設定し、ウイグルの農民から搾取している。
・王力雄氏はこの本のなかで「新疆がいずれパレスチナ化する」のではないかと心配する。それだけウイグルの人々の漢族に対する民族的憎悪が広がっている。先の「三股勢力」という表現にも見られるように中国人のウイグル人に対する蔑視、差別は激しい。北京や上海で、ウイグル人を見たら過激派テロリストか泥棒と思えと警戒し、同じ中国人としての接し方ではない。北京の観光ガイドも「中国人は新疆には怖くていけない」と本音を漏らした。もはや互いにとって外国、いや敵地なのである。
・ウイグル人に対する厳しい迫害や弾圧を嫌って、国外に脱出するウイグル人が増えている。去年(2015年)、タイで拘束され中国に強制送還されたウイグル人100人は、ミャンマーやタイを経由して、トルコに渡ろうとしたウイグル人たちだった。マレーシアでも国境地帯にあるゴム園に長期間潜伏し餓死寸前だった多数のウイグル人家族が見つかった。彼らも最終的にはトルコを目指していた。トルコには亡命ウイグル人の拠点となりウイグル人が集団で暮らす街がある。
・スンニ派過激派組織ISイスラム国に参加するウイグル人は300人以上に上るといわれる。ウイグルのイスラム教徒も同じスンニ派に属している。
イスラム原理主義アルカイーダのゲリラキャンプで訓練を受けたウイグル人戦士が米軍の捕虜となり収容された例もあった。中にはウイグルに帰還したゲリラ戦士もいるかもしれない。ISは、中国のイスラム教徒に向け習近平への「聖戦(ジハード)」を呼びかけたとも伝えられる。憎悪は憎悪を生み、市民を巻き込んだ無差別テロと報復攻撃の応酬が泥沼化、長期化したのがパレスチナ・イスラエル問題だった。
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