金正恩の再登場がそんなに喜ばしいことなのか

「脳死説」まででていた金正恩が、メーデーの5月1日に平安南道順川市にある肥料工場の竣工式に出席したと報じられた。CNNテレビがアメリカ政府情報当局者の話として金正恩重体説を伝えた21日以降、世界の多くのメディア、ネット情報が金正恩は「脳死状態」、「心臓手術に失敗して重篤」などと伝えられてきたなかで、20日ぶりの「お出まし」ということになる。

韓国政府はこれについて、かねてから「金委員長は健在で元山に滞在している」と主張してきたことを背景に、「韓国政府の北韓関連の情報収集能力を評価する声が国内外で出ている」と自画自賛した。さらに何を根拠にしているのかは不明だが、青瓦台の関係者は「簡単な手術さえ受けていない」とすら断言する。公開された映像では、明らかに左足を引きずって歩いているほか、右腕には何かの傷跡が確認され、専門家によれば心血管系のカテーテル手術を受けたあとに似ていると言われているにもかかわらずだ。

そもそも、韓国がもっと多くの情報を握っているとされるのは、北側に送り込んだスパイやエージェントを通じた一次情報、ヒューミント情報だと言われてきたが、文政権になってから、国家情報院そのものが弱体化され、北朝鮮関連の情報収集にも制限が加えられるようなった結果、韓国の北関連情報の量も質も極端に劣化していると言われる。

ところで、今回4月15日に行われた国会議員総選挙で、二人の脱北者が野党「未来統合党」から出馬して当選した。金正恩の病状について、そのうちの一人、元英国駐在北朝鮮公使の太永浩氏は「金正恩氏は自ら立ち上がることも、まともに歩くこともできない状態」だといい、もう一人の池成浩(チ・ソンホ)氏は「金正恩氏は99%死亡していると確信している」とコメントした。金正恩が姿を現した後、二人は不正確な情報だったとして謝罪した。しかし、与党「ともに民主党」は、「脱北者からのフェイクニュースが国会を通じて広まるリスクが生じた」と非難し、2人が今後、国会で北朝鮮の1級情報に触れる機会もあることから、国会の国防委員会と情報委員会から排除せよと主張している。文政権の与党は、以前から「脱北民は変節者」だと公言し、脱北民に対する拒否反応や差別意識丸出しの政党だった。

青瓦台はこの間、金正恩は健在で、北朝鮮に特異な動向は何もないと一貫してきた主張しながら、その根拠については何も示さず、金日成の誕生日で北朝鮮最大の祝祭日太陽節に姿を見せなかったことについても、合理的な理由を何も説明できないでいる。

龍谷大学の李相哲教授は、この間、信憑性のある情報として金正恩重体説を発信し続けてきたが、その判断の間違いについて、文在寅政権の北朝鮮への思い入れの深さから、文在寅政権が発する北朝鮮情報は素直に受け取れず、信頼が置けなかったことなど、文在寅政権への偏見があったことを認めている。<李相哲TV5/3


それにしても、金正恩が20日ぶりに姿を見せたことが、そんなに喜ばしいことなのか?北朝鮮の情勢が、従前とまったく変わらないということはうれしいことでもなんでもない。世界中のメディアや北朝鮮ウォッチャーたちが、彼のかくも長き不在、消息不明の間に、「脳死だ、植物状態だ」とこれだけ騒いだのも、金正恩後の北朝鮮が大きく変化することを、期待したからだ。正直に言って、金正恩がいなくなることで、北朝鮮の核ミサイル問題が即決解決し、拉致問題も大きく進展することも期待できたのである。

北朝鮮では「最高尊厳」と呼ばれているそうだが、われわれにとっては尊厳でも何でもない。中世暗黒社会の李氏朝鮮の伝統を引き継ぐ奴隷性専制王朝国家の独裁者、カルト的宗教国家の単に三代目に過ぎない。そんな無分別の若造に、この間、世界全体が手玉にとられ、各国の指導者もメディアも翻弄されたのである。今回はかろうじて危険を脱したとしても、金正恩の健康状態はこんごも危険をはらんでいることは間違いない。これからも金正恩がしばらく姿を消すたびごとに、世界は毎回、同じように右往左往し慌てふためくのだろうか?「いい加減にしろ」とわめきたくなる。

20日ぶりに公の場に姿を見せたという公開された映像をみると、工場労働者が熱狂的に拍手を送り、大声で歓呼する様子が映っているが、何がそんなにうれしいのか。工場を立派に完成したのは労働者の努力の賜物であり、工場を稼働させるのも工場労働者たちで、この間、金正恩が何をしてくれたというのか?たとえ心から拍手を贈り、彼を称えたとしても、食糧をくれるなど金正恩から何か見返りがあるわけでもない。


本当は、金正恩が元気だったかどうかは、大きな問題ではなく、それよりも彼の消息が消えたあと、世界のメディアがその重体説や死亡説を盛んに流すなかでも沈黙を守ったことで、北朝鮮の権力機構がどうなっているのか、いかに機能しているのかまったく不明だったというほうが、はるかに大きな問題だったのである。

ミサイルに搭載できる核弾頭を保有しているかはともかくとして、核爆発を起こす核兵器を所有する核保有国の指導者の消息、生存情報がつかめないということは、この間に北朝鮮の核のボタンの管理は誰が行っていたか、世界の誰も分からないという状態に置かれていたことになる。普段から正気かどうかわからない指導者に核のボタンを握られている状態も不安この上ないが、誰が核のボタンを握っているか想像すらできないという曖昧な状態は、それ以上に不安で危険な状態であることは間違いない。

韓国政府は、この間、金正恩は健在で元山に滞在していると言い続けてきた。結果的には韓国政府の言い分が正しかったことになったが、金正恩の所在を特定できていたのなら、次にするべきことがあったのではないか。

たまたまNHKは、NHKスペシャル「未解決事件ファイル」としてJFK暗殺事件を扱ったドキュメンタリーを4月29日と5月2日の2回にわたって放送した。番組では、オズワルトの単独犯行説の背後には、暗殺計画の実行からオズワルトを単独犯人に仕立てることもまで、裏ですべての糸をひくCIAアメリカ中央情報局の存在があり、当時、キューバ問題をめぐってカストロ暗殺を企んだCIAとそれを知って激怒したケネディ大統領がCIAも解体も視野に入れるなど、鋭く対立していた経緯が背景にあったことが描かれていた。

<参考記事:木俣冬「コロナ禍中、ギリギリ間に合った渾身のNHKスペシャル「未解決事件 JFK暗殺」制作秘話」

CIAは自分たち組織の論理で自らに利益になると思えば、民主的に選ばれた自国の大統領でも、殺害を厭わないという非情の組織だったことをうかがわせる。そして、アメリカという超大国の指導者であっても暗殺される時代が、われわれの同時代といってもいい、わずか57年前にあったのである。そればかりではない、国際テロ組織アルカイーダのウサマ・ビン・ラーディンの暗殺は2011年、ISイスラム国の指導者バクダディが暗殺されたのは、わずか半年前の2019年10月28日の話だ。私が何をいいたいか、分かっていただけるものと思う。

そのほうが、一日も早く北朝鮮の核・ミサイル問題を解決する早道であり、北朝鮮の2000万人に及ぶ人々を飢餓から救う道であることは間違いないからだ。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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