南シナ海問題「法の支配」訴える日本

南シナ海問題で仲裁裁判所の判断が示されたあと、最初のASEAN外相会議が7月24日、ラオスビエンチャンで開かれ、この仲裁裁判所の判決に対してASEANがどういう姿勢を見せるかに注目が集まった。しかし、予想どおり、中国の横やりと中国の札束で魂まで抜かれたカンボジアの強硬な反対によって、共同声明の取りまとめもできず、結局、25日にようやく発表された共同声明でも、仲裁裁判所の判決への言及は一切なく、岩礁埋め立てに懸念が示され、南シナ海での航行の自由の重要性は再確認するとしたものの、中国を名指しして言及することはなかった。

ロイター通信は、「南シナ海での中国の主張を否定した仲裁裁判所の判決について、共同声明で言及することを求めていたフィリピンが、声明の発表を優先するため要求を取り下げたという。共同声明では、中国の主張を否定する判決に言及しない代わりに、南シナ海での争いについて、国際法に基づいた平和的解決を図る必要性を訴えた」と伝えた。(『ASEAN外相が共同声明、カンボジアの反対で南シナ海の仲裁判決に言及せず』)

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/07/post-5538.php

南シナ海のスプラトリー諸島では、中国による人工島の埋め立てと軍事拠点化が着々と進められ、中国による一方的な領有権の主張が行われているのは紛れもない事実である。こうした問題をめぐって、7月12日、ハーグの仲裁裁判所から判決が出されたことも、動かしがたい事実である。外相会議では、フィリピンやベトナムなどからこの仲裁裁判所の判決を「歓迎する」といった発言があり、関係国の多くが仲裁裁判に言及していたにも関わらず、共同声明ではそうした発言さえなかったかのようにお茶を濁せると思ったのは、「子供騙し」といってもよく、小学生でも分かるウソの上塗りに過ぎず、相も変らぬ中国の「幼児性」を示しているだけだ。

それにしても、中国の圧力に屈し、自由にモノも言えない「外相会議」とはいったい何なのか。ASEANは、全会一致を原則としているというが、もう一度言おう、中国の札束でほっぺたを殴られ、魂を抜かれ、もはや正気さえ奪われたカンボジアごときに反対されただけで、何も言えなくなるASEANとはいったい何なのか?いまやASEAN10カ国の存在意義さえ失われたと言わざるをえない。

一方、7月25日夜のNHKニュースによると、岸田外相は日・アセアン外相会議で、中国に対しASEAN各国が連携して仲裁裁判所の判断に従うよう働きかけていく必要があると訴えた。さらにフィリピンのヤサイ外相との日比外相会談でも、「当事国が国際的な仲裁裁判の判断に従い、平和的に解決すべきだという考えを伝え、フィリピンと連携して取り組みことを確認した」という。

中国によって分断され、骨抜きにされたASEANという外交的な枠組みの中で、日本の役割、立ち位置は極めて重要になってきている。そうしたなかで、中国を相手にした厳しい外交戦のなかでも、中国に対しては堂々とモノをいい、国際社会のなかでも「法の支配」や「航行の自由」など正当な論理で中国の非を唱え、主張する外交を展開している。死活的な東シナ海防衛、シーレーン防衛のためにも、大いにやってもらわなければ困るが、安倍外交も、結構、頑張っているのではないか。

以下に、南シナ海問題をめぐる安倍外交のこれまでの軌跡を概観してみる。

ハーグの仲裁裁判所の裁定が出た直後、モンゴル・ウランバートルで開かれたアジア欧州会議(ASEM11)首脳会議(7月16日)に出席した安倍総理は、南シナ海問題をめぐる仲裁裁判の判決について「最終的なものであり、紛争当事国を法的に拘束する」と述べ、中国に順守を求めた。

安倍総理は、この問題が「国際社会共通の懸念事項」であると指摘すると同時に、「法の支配は国際社会が堅持していかなければならない普遍的原則だ」と強調。「当事国が(仲裁裁判所の)判断に従うことで、南シナ海での紛争の平和的解決につながることを強く期待する」と述べ、判決の受け入れを拒否している中国に軟化を促した。

そしてASEM11の議長声明に、以下の文言を盛り込ませることに成功している。

「首脳は,国際法の原則に完全に従って,平和,安定及び繁栄を確保すること,海洋の安全保障,安全及び協力,航行と上空飛行の自由及び阻害されない通商を促進すること,並びに海賊と闘うことにコミットすることを改めて表明した。首脳は,信頼醸成措置,武力による威嚇又はその行使を抑制すること,及び,普遍的に認められた国際法の原則,国連憲章及び海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)に従い,紛争を解決することが極めて重要であるとの点で一致した」

 http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000174269.pdf

さらに安倍総理は、ウランバートルで李克強首相と会談し、南シナ海問題を巡る仲裁裁判所の判決を受け、「法の支配と紛争の平和的解決が重要だ」とする日本の立場を伝えるとともに、判決を受け入れるよう求めた。

これに対し李首相は、南シナ海問題について「中国側の立場は完全に国際法に符合している。日本は当事国ではなく、言行を慎み、問題を騒ぎ立てたり、干渉したりすべきでない」と強い不快感を表明したという。(時事通信)

遡ること2年、2014年5月、安倍総理はシンガポールで開かれたアジア安全保障会議(通称「シャングリラ会合」)にゲストスピーカーとして招かれ、以下のような演説を行った。引用部分は少し長くなるが、全文を通じて、かなり格調高い内容であることが分かる。

「昨年私は,ASEANの10カ国をすべて訪問し,訪れた先々で意を強くしました。法の支配を重んじようとする点にかけて,共通の素地がある,――航行の自由,飛行の自由を尊重する点でも,コンセンサスがあるのを教えられたからです。

 実に私たちの地域では,ほとんどの国で,経済成長は,スピードこそ各国さまざまでも,着実に,思想や宗教の自由,統治体制に対するチェック・アンド・バランスをもたらしました。法の支配という,人権の基礎をなす大前提が,確実に浸透しました。

 自由と,民主主義,それらを支える法の支配は,アジア・太平洋の,明るい長調の旋律を支える,ふくよかな通奏低音です。日々新たに,私はその響きに耳を傾けています。

 以上,私の情勢認識を,皆さんと共有するためお話しました。そのうえで,本日第1の要点,国際法を守るべきことを,申します。

 海洋には,その秩序を定める国際法があります。歴史は古く,古代ギリシャの昔にさかのぼるといわれています。早くもローマ時代,海は,すべての人々に開放され,私的な所有や,分割が禁止されました。

 いわゆる大航海時代以降,多くの人々が海を通じて出会い,海洋貿易が,世界を結びます。公海自由の原則が確立するに至り,海は,人類の繁栄の,礎となりました。

歴史を重ね,時として文字通り荒波に揉まれながら,海にかかわる多くの人々の,知恵と,実践の積み重ねがあって,共通のルールとして生み出されたものが,海に関する国際法です。

 誰か特定の国や,集団がつくったものではありません。長い年月をかけ,人類の幸福と繁栄のためはぐくまれた,われわれ自身の叡智の産物なのです。

 今日,私たちおのおのにとっての利益は,太平洋から,インド洋にかけての海を徹底してオープンなものとし,自由で,平和な場とするところにあります。

 法の支配が貫徹する世界・人類の公共財として,われわれの海や,空を保ち続けるところ,そこにこそ,すべての者に共通する利益があります。

 海における法の支配とは,具体的には何を意味するのか。長い歳月をかけ,われわれが国際法に宿した基本精神を3つの原則に置き直すと,実に常識的な話になります。

 原則その1は,国家はなにごとか主張をなすとき,法にもとづいてなすべし,です。

 原則その2は,主張を通したいからといって,力や,威圧を用いないこと。

 そして原則その3が,紛争解決には,平和的収拾を徹底すべしということです。

 繰り返しますと,国際法に照らして正しい主張をし,力や威圧に頼らず,紛争は,すべからく平和的解決を図れ,ということです」

(第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)安倍総理の基調講演)http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/nsp/page4_000496.html


その一年後の、2015年4月22日、今度はアジア・アフリカ会議(通称・バンドン会議)の60周年記念首脳会議がインドネシア・ジャカルタで開かれ、安倍首相が演説した。

「今、この地に再び集った私たちは、60年前より、はるかに多くの「リスク」を共有しています。強い者が、弱い者を力で振り回すことは、断じてあってはなりません。バンドンの先人たちの知恵は、法の支配が、大小に関係なく、国家の尊厳を守るということでした。(中略)

“侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない。”

“国際紛争は平和的手段によって解決する。”

バンドンで確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省と共に、いかなる時でも守り抜く国であろう、と誓いました。

そして、この原則の下に平和と繁栄を目指すアジア・アフリカ諸国の中にあって、その先頭に立ちたい、と決意したのです」。

(アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議での安倍首相スピーチ「Unity in diversity~共に平和と繁栄を築く」(2015年4月22日ジャカルタ)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/rp/page3_001191.html

『中華帝国の野望』の著者近藤大介氏によると、外務省関係者は以下のように解説したという。「武士の情けで『中国』という名指しこそ避けたものの、全面的に中国を非難するスピーチにした。中国が力に任せて南シナ海を『占領』しようとしているので、日本は理念を振りかざして、「それでいいのか?」と問いかけたのだ。(p205)

習近平は、安倍首相が演説する番になったとたん、憮然とした表情で会場から退席した。事前に安倍首相の演説草稿を入手し、内容が分かっていたからだという。

ジャカルタでは、北京APEC以来5ヶ月ぶりの日中首脳会談が実現する(4月22日)。この席では、南シナ海に関してこんなやり取りがあった。

安倍「このところ、中国が始めた南シナ海での埋め立てに、アジア各国が懸念を示している。南シナ海は法と自由に基づいた海であるべきだ」

習「南シナ海は古来、中国の領土・領海だった。自国の領土・領海で何をしようが我が国の自由で、内政干渉されるいわれはない」(p207)

休む間もなく、安倍は4月26日からアメリカ訪問に出発し、29日にはアメリカ連邦議会で日本の首相としては初めて演説した。45分の演説の中では東シナ海、南シナ海問題にも言及している。

「アジアの海について、私がいう3つの原則をここで強調させてください。

 第一に、国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと。第二に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。そして第三に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。

 太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で、法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません。

 そのためにこそ、日米同盟を強くしなくてはなりません。私達には、その責任があります。

 日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。

 この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。戦後、初めての大改革です」。

(米国連邦議会上下両院合同会議における安倍総理演説「希望の同盟へ」2015年4月29日)http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_001149.html

その安全保障関連法案は、5月15日国会に上程され、国を二分する議論の末、9月19日に成立する。

そして安倍外交の正念場は、ホスト国として迎えたG7伊勢志摩サミットであり、それに続くオバマ大統領のヒロシマ訪問だった。

2016年5月27日、G7サミットの成果文書として発表された「G7伊勢志摩首脳宣言」の「海洋安全保障」に関する部分は以下のとおり。

「我々は,海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)に反映された国際法の諸原則に基づく,ルー ルを基礎とした海洋秩序の維持,信頼醸成措置により支えられ,法的手段によるものを含む平和的紛争解決及び持続可能な海洋の利用並びに航行及び上空飛行の自由の尊重に対する我々のコミットメントを改めて表明する。我々は,国家が,国際法に基づく主張を行い,及び明確にすること,緊張を高め得る一方的な行動を自制し,自国の主張を通すために力や威圧を用いないこと並びに仲裁を含む法的手続を通じたものを含む平和的な手段による紛争解決を追求することの重要性を再確認する。 我々は,国際及び地域協力を通じて,海上安全及び海洋安全保障,特に海賊との闘いを強化することの重要性を再確認する。 我々は,東シナ海及び南シナ海における状況を懸念し,紛争の平和的管理及び解決の根本的な重要性を強調する。 我々は,海洋安全保障に関する G7 外相声明を支持する」

(「G7伊勢志摩首脳宣言」2016年5月27日)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160267.pdf

G7伊勢志摩サミット終了後の議長記者会見で、安倍総理は次のように述べた。

「いかなる紛争も、武力の行使や威嚇ではなく、国際法に基づいて、平和的に外交的に解決すべきである。この原則を私たちG7は、しっかりと共有しています。世界のどこであろうとも、海洋の自由は保障されなければなりません。一方的な行動は許されず、司法手続を含む平和的な手段を追求すべきである。そして、その完全な履行を求めていくことで、私たちは一致いたしました」。

http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/0527summit.htmlhttp://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/0527summit.html

参考までに、以下は岸田外相が中心になってまとめた「海洋安全保障に関するG7外相声明」4月11日からの抜粋。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000147443.pdf

・我々は、海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)に反映された原則を含む普遍的に認められた国際法の原則に基づく海洋秩序を維持することの重要性を再確認する。

・我々は、すべての国に対し、仲裁手続を含む適用可能な国際的に認められた法的な紛争解決メカニズムの活用が法の支配に基づく国際秩序の維持及び促進に合致するとの認識の下、そのようなメカニズムを含め、信義誠実及び国際法に従った海洋に関する紛争の平和的管理及び解決を追求し、UNCLOSの下で規定されるものを含め、彼らに拘束力を有する関連の裁判所によって下されたあらゆる決定を完全に履行することを求める。

・我々は、地域における信頼及び安全の構築を追求するための対話といった信頼醸成措置への更なる関与を奨励する。我々は、南シナ海に関する行動宣言(DOC)全体としての完全かつ効果的な履行、及び効果的な行動規範(COC)の早期策定を求める。

以上みてきたように、南シナ海問題に関する安倍総理の発言、さまざまな国際舞台で展開されたその演説内容には、海洋での紛争処理に関する3原則が貫かれている。すなわち法による支配、力の行使・誇示の禁止、平和的な話し合いによる解決という3原則は、海洋国家間の問題解決の基本原則、となるのではないか。いや日本発の外交原則として国際社会で大いに主張を展開し、規範化を推進していかなければならない。


富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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