南シナ海仲裁裁判「反論」文書に反論する①

南シナ海の領有権をめぐる問題で、7月12日、ハーグの仲裁裁判所が画期的な判決を出した翌日、中国国務院の新聞弁公室は「中国は南中国海における中国とフィリピンの紛争の話し合いによる解決を堅持する」と題した「反論文書」を発表した。あらかじめ9か国語に翻訳し、人民網日本語版に同時に発表したところを見ると、当初からこの裁判結果を予想し、いかなる裁定が出ても拒否し、黙殺するという傲慢姿勢につらぬかれていた。しかし、この「反論文書」に改めて目を通してみると、従来から繰り返してきたその主張は、明らかに論理が破綻し、なんの説得力もない一方的な主張に過ぎないことがわかる。われわれでも十分に反証できる、突っ込みどころ満載の文書なので、彼らのお粗末な主張と馬鹿げた論理を紹介するために、彼らの「反論」にさらに反論を試みたい。

まず最初に、南シナ海に対する歴史的な領有権を持つという中国の主張について、これを完全に退けた仲裁裁判所の判断、その論点を示しておきたい。

「中国が主張する南シナ海に対する歴史的権利を確認するため、歴史文書を調べてみた。確かに中国の船乗りや漁師が南シナ海の島々を利用してきた記録はあるが、ただし、それは周辺のほかの国々の人々も同様に行ってきたもので、中国だけのものとはいえない。中国が南シナ海で歴史的に行ってきた航海や漁業は、歴史的権利というより、いわゆる公海の自由を享受してきたものに過ぎず、中国だけが南シナ海における排他的な権利を独占し、他の国が資源を求めることを排除してきたという証拠はない」。(常設仲裁裁判所新聞稿プレス・リリース英文)

https://pca-cpa.org/wp-content/uploads/sites/175/2016/07/PH-CN-20160712-Press-Release-No-11-English.pdf

「したがって、仲裁裁判所は、「九段線」のなかの海域で、国連海洋法条約が定める権利を越えて、中国が歴史的権利を主張できるような法的根拠はない、という結論に達した」(Accordingly, the Tribunal concluded that, as between the Philippines and China, there was no legal basis for China to claim historic rights to resources, in excess of the rights provided for by the Convention, within the sea areas falling within the ‘nine-dash line’.)

https://pca-cpa.org/wp-content/uploads/sites/175/2016/07/PH-CN-20160712-Award.pdf

至極真っ当な結論であり、誰もが納得できる合理性を持っている判断だと素直に思う。さて、この真っ当で合理的な判断、ごく自然で納得できる論理に、中国がどう反論しているか、「反論文書」を点検して見よう。

その前に、仲裁裁判の判決文にも出てくる「九段線」(nine-dash line)だが、南シナ海のほぼ全域を覆う中国の領海を示すものとして、中国で発行する地図には必ず記載されているものだが、不思議なことに、中国の外交文書などでは、それが何を示すものなのか公式に説明したことは一度もなく、今回の反論文書でも、「九段線」という言葉はいっさい使われていない。

中国が公式には自ら説明したこともない「九段線」について、国際司法の場で勝手に判断を示すというのも変な話だが、実のところ、中国には「九段線」がそもそも何なのかを示す正当な根拠もないため、彼らが説明できないだけで、正当な理由、証拠があるなら最初から国際司法の場で堂々と論戦に応じるべきで、それができないから子供じみた言い分で卑怯に逃げ回るしかなく、勝手な理屈をつけて国際社会に叛旗をひるがえし、姑息な手段で妨害や抵抗を試みるしかないのである。

<何をもって「中国」「中国人」というのか>

さて中国国務院新聞弁公室の「中国は南中国海における中国とフィリピンの紛争の話し合いによる解決を堅持する」と題した文書では冒頭部分で以下の記述がある。日本語にするとたった3行ちょっとの分量だが、クレームをつけようと思ったら、いくらでも論難できる。

3.南中国海における中国人民の活動はすでに2000年以上の歴史がある。中国は南中国海諸島および関係海域を最も早く発見し、命名し、また開発・利用し、南中国海諸島および関係海域に対する主権と管轄を最も早くかつ継続的、平和的、実効的に行使してきた。>

まず何を指して「中国」といい、「中国人民」というのかは、実は大きな問題であり、現在の「中国」政府は、過去に遡って自らをはっきりと定義し直す必要があり、その明確な定義がなければ、過去に遡って事実を検証することはできない。

かつて「中原」と呼ばれたシナ大陸中央部に、「夏人」や「殷人」と呼ばれる人々が古代都市国家を作ったらしいことは当時の遺跡からも伺える。秦の始皇帝の国家統一とそれに続く漢の時代、「秦人」「漢人」はいただろうが、その後は、さまざまな民族が支配者となり、勢力範囲を争い、国の形(統治機構)や国土の範囲でさえ一定ではなかった。鮮卑族に系譜を持つ隋や唐は、「中華」文明の繁栄期を築いたとはいえ、今の「中国」に連なる正統なる系譜と言えるのか?まして、元や清の時代は、完全なる異民族による殖民統治だった。シナ世界において、今のいわゆる「中国」と「中国人」が誕生したのは、せいぜい20世紀の初めであり、それ以前には名前さえ存在しなかった。

2000年以上にわたって南シナ海に対する主権を「継続的、平和的、実効的」に管理し、行使してきた「中国人」とは誰を指すのか。その主体となる国家の形態は時代ごとに一定せず、支配者の権力行使の構造さえ不安定なのに、何をもって継続的に南シナ海を管理・統治できたというのか。まずその「実効支配」とその「継続性」を示す証拠をわれわれの前に提示すべきだ。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

0コメント

  • 1000 / 1000