韓国「広場民主主義」の欺瞞暴いたコロナ事態

韓国の10月3日は「開天節」と呼ばれる建国記念日だ。しかし、そのハレの日が、首都ソウルの中心部に限って言えば、まるで戒厳令下であるかのような物々しい、非日常の冷ややかな雰囲気に包まれた。

もともと「開天節」とは「檀君(だんくん)」という朝鮮民族の始祖にまつわる日とされるが、なぜ10月3日が建国の日なのか、根拠は何もない。壇君神話自体が1270年代後半から1280年代中期に高麗の僧が私的に書いた史書『三国遺事』に初めて登場する比較的新しい「神話」であり、10月3日を「開天節」だと言い出したのは1900年に至ってからだという。

そして、その一週間後の10月9日は「ハングルの日」で、同じく祝日だったが、この日もソウル中心部ではまったく同じ光景が繰り返された。「ハングルの日」が、なぜこの日なのかも根拠はあいまいだ。一説には、ハングルの基礎となった「訓民正音(フンミンジョンウン)」の公布された日と「推定」されるのだとか。しかし、もとはと言えば、ハングルを始めた世宗大王の功績を偲ぶ日のはずだが、その世宗大王の像がある光化門前広場には、この日、誰も近づくことができなかった。

祝日が相次いで戒厳令の雰囲気に包まれたのは、コロナ禍を口実にして、保守系団体の反政府デモや反文在寅集会を徹底的に封じ込めたからだ。要するに新型コロナウイルスの感染防止措置としてとられた集会禁止命令が、政権反対派に対する政治弾圧、政治的迫害の手段に使われたのである。

今年の「開天節」建国記念日や「ハングルの日」の祝日が、どれほど異様な風景だったかというと、ソウルの中心部、光化門前の大通りはソウル市庁前まで、警察のバス車両が道路脇に堅固なバリケードをつくるようにびっしりと一列縦隊で駐車してバス車両の壁をつくった。上空から俯瞰した写真をみると、バス車両によるバリケードは2重になっていて、その2重の壁に取り囲まれた光化門前広場と大通りは、ぽっかりと無人の空間ができ、まさに現地メディアが皮肉を込めて形容した「在寅山城」(文在寅の城)という言葉がぴったりの異様な光景だった。

それだけではない。その外側のビルに挟まれた裏通りにも警察のミニバスがそれこそ人っ子ひとり、犬一匹、通り抜ける隙間もないようにぴったりとくっつくように駐車していたほか、歩道には鉄柵が延々と置かれ、光化門広場に通じる道路の交差点やビルとビルの間の通路には、すべて警察官が張り付き、通行禁止の警戒線を敷いていた。つまり、光化門前広場周辺と景福宮裏の青瓦台に通じる道路だけは、3重4重のバリケードがつくられ、完全に閉鎖されたことになる。

光化門前広場やソウル市庁周辺には、政府庁舎をはじめ新聞社や免税店、大型書店など多くのオフィスビルが軒を連ね、裏通りには多くの飲食店もある。休日出勤の会社員はすぐ目の前に職場のオフィスがあるのに、バリケードを迂回して大回りしなければならず、歩哨の警官と口喧嘩をする光景が見られた。

光化門前広場の近く地下鉄1号線市庁駅や2号線の光化門駅は、電車が止まらずにそのまま通過し、乗降禁止、ノンストップ運行措置がとられた。地下鉄の駅に通じる地下街に並ぶ中小の商店はすべてシャッターを下ろし通路は閑散としていた。人の出入りを強制的に禁止するのだから、公権力による完全な営業妨害といっていいが、営業妨害の損失補償を政府が行っているとは聞いたことがない。

市内の各道路では、市の中心部に向かう車を検問する検問所が90か所も設けられ、警察官が車一台一台を止めてドライバーにどこに行くのか、運転の目的などを尋問していた。その様子を眺めていて、中国の新疆ウイグル自治区での異民族支配の光景を思い出した。新疆ウイグルの各都市では、道路のあちこちに検問所を設け、地元のウイグル人を呼び止め、身分証や手荷物の検査を行っている。それと風景はまったく同じだった。まさに戒厳令下だ。そして、これが一国の首都だ、などというのは、韓国だけの風景だろう。

 「ハングルの日」のこの日、光化門周辺が封鎖される様子を目の当たりにした海外メディアの記者は「平壌の軍事パレードを2回取材したが、こんな光景は平壌でも見たことがない」と嘆息した。別の外国人ジャーナリストは「昼食を取るためパン屋に行こうとしたら、警察の検問を4回受けた」「狂っている」と唾棄した。

<朝鮮日報10/10「外信記者 こんなものは平壌でも見たことない…狂っている」>

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2020/10/10/2020101080021.html

なぜ、そこまでするのかというと、反政府系の市民集会を徹底的に弾圧するためだ。女性秘書に対するセクハラ事件を起こし恥辱まみれの惨めな自殺を遂げた朴元淳ソウル市長が、4月15日の総選挙を前に、新型コロナウイルスを口実にソウル中心部の広場や教会など宗教施設での集会を全面的に禁止した。その結果、それまで保守系の市民団体や宗教組織などが主催して、毎週土曜日に行なわれ、一時は主催者側の発表で数百万人の市民を集めたと言われた保守派の集会、文在寅糾弾集会は全て禁止された。野党は選挙戦において、大規模な支持者集会を開いて反文在寅政権の政策を訴え、自らの陣営の勢力を誇示できるだけの有効な選挙集会は、いっさい不可能になった。その結果は、韓国政治史で初めてと言っていいほどの与党の圧倒的勝利、300議席中、与党が180議席を占めるという選挙結果だった。

もともと文在寅政権は、「ろうそく革命」と呼ばれる大規模な市民集会で政権を獲得し、韓国の民衆パワーを「広場民主主義」だと自慢してきた。つまりソウル中心部、光化門前広場周辺を極めて政治的な舞台装置として思う存分、使ってきた政権でもある。とりわけ2019年夏は、日本が対韓輸出管理強化や貿易優遇措置ホワイト国から韓国を除外した措置をとった際には、「反アベ、NO JAPAN」の官製デモを、これでもかというように毎週のように行った。

しかし、いわゆる「曺国(チョグク)事態」、つまり文大統領が法務部長官として左派イデオローグの曺国氏の就任を強行し、その後、娘の大学不正入学問題などが発覚し辞任を迫られる事態になると、広場は毎週土曜日ごとに反文在寅、反曺国の保守派デモが毎週土曜日に行われるようになり、時には主催者側発表で100万人以上の集会規模に膨れ上がる事態になった。その後も、不動産価格の高騰問題といった国民生活に直結する不満、新型コロナを理由にした宗教弾圧や集会禁止措置、曺国氏の後任となった秋美恵法務部長官の息子をめぐる兵役優遇疑惑、検察庁人事をめぐるあからさまな政治介入、4・15総選挙に対する不正投票疑惑、元慰安婦から告発された慰安婦支援団体の不正会計疑惑、文大統領の政治的盟友・朴元淳ソウル市長のセクハラ恥辱自殺、最近では、南北軍事境界線付近での北朝鮮軍による韓国人公務員の射殺事件、などなど、文在寅政権の責任を追及するため、市民が集結し、その声を政権の中枢・青瓦台に届ける必要がある事態は尽きなかった。

ろうそく集会で権力を手にいれたはずの彼ら左派系政権にとって、寄って立つ自らの基盤「広場民主主義」を破壊することは自己否定にも等しかった。要するに市民集会にしても広場民主主義にしても、自分たちの陣営・勢力にとって有利なら徹底的に擁護し、自分たちに不利になる敵対勢力に対しては徹底的に集会を妨害し、民主主義も無視するのである。その結果は、文在寅政権に対する批判は徹底的に封じ込められ、政権をめぐるさまざまな疑惑についても文在寅側からの説明は何もないことを許す結果となっている。

文在寅は、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えた韓国の感染症対策を「K防疫」と称し、世界でもっとも民主的な方法で新型ウイルスを押さえつけたと豪語した。しかし、新型コロナを理由に集会の自由を禁止する韓国のどこにそもそも民主主義があるというのか。

全体主義国家の方が、感染症対策は徹底できる。人権や個人の利益など無視できるからだ。感染症対策で成功した国は、台湾を除いて、中国や北朝鮮、ベトナムなど社会主義国が多い。その中に韓国も含まれるが、その防疫対策は全体主義国家のそれとほとんど変わりはない。デジタルIT技術を使えば、人の移動の追跡・監視などは朝めし前、大いにその効果を発揮することができる。

8月15日の「光復節」に、集会禁止命令のなかで反政府集会が強行された当日、光化門広場近くの免税店を買い物で訪れたソウル在住の日本人の携帯電話に後日、ソウル市当局から電話がかかってきた。この日の集会参加者の中から数百人の新型コロナの集団感染が発生したが、当局は光化門広場周辺の携帯電話の基地局のデータ通信記録から、その時間帯に広場周辺にいた人物をすべて割り出し、追跡調査をしていたのである。

全体主義国家とデジタルIT技術は、もともと相性は抜群だ。住民登録番号と携帯電話番号が紐付けされる韓国のような国でなければ、国民の行動監視はできない。

NHKスペシャル「香港・激動の記録 市民と“自由”の行方」(10月18日放送)を見た。香港でも、新型コロナを理由に、3人以上の集会を禁止されている。デモが行われそうな場所には、警察官らがたむろし、機関小銃や辛子スプレーの容器をこれ見よがしに見せつけて警告して、市民が集まることを阻止し、市民が立ち止まりそうになったら、すぐさま立ち去るよう移動を促していた。何の抵抗も示さない女性を含め、香港独立に関係した言葉を叫び、歌を歌っただけですぐに連行し、不審な動きや抵抗を示した男性は地面に押さえつけ、警官が膝で首根っこを押さえ込むなど、まるでアメリカで問題になった黒人に対する警官の暴力行為と同じような光景が見られた。香港国家安全維持法の施行で香港は全体主義国家に完全に組み込まれた。人々は監視され、移動や買い物、ネットでのデータ通信もすべてチェックされている。

程度の差こそあれ、韓国もそれと似た息苦しい全体主義国家に陥っている。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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