「抗米援朝は正義の戦争」に抗議もできない文政権

朝鮮戦争は、金日成が、あらかじめソ連のスターリンと中国の毛沢東の承認をとりつけ、ソ連と中国からの支援の約束を得て、1950年6月25日、北朝鮮軍が南に侵攻した戦争であることは歴史的事実だ。

習近平は、中国人民義勇軍が朝鮮戦争に参戦した日から70周年となる10月19日、政治局常務委員全員を引き連れて、北京の革命軍事博物館を訪れ「抗米援朝70周年記念特別展」を見学した。そして次のような重要発言を行ったという。

「70年前、平和を守り、侵略に抵抗するため、中国共産党と中国政府は毅然として抗米援朝及び国家の防衛という歴史的決定を行った。英雄的な中国人民志願軍は正義の旗を高く掲げ、朝鮮の人民及び軍と共に、死を恐れず血みどろになって奮戦し、抗米援朝戦争の偉大な勝利を勝ち取り、世界の平和と人類進歩の事業のために多大な貢献をした。抗米援朝戦争の勝利は正義の勝利であり、平和の勝利であり、人民の勝利であった」。

朝鮮戦争は「正義の旗」を掲げて戦い、「正義の勝利」だったという。この「正義」という言葉を聞いて、ダグラス・マッカーサーの銅像のことを思い出した。朝鮮戦争勃発後、国連軍司令官を拝命したマッカーサーは、仁川を上陸作戦地点と定めると、7か国261隻の大艦隊を率いて仁川上陸作戦を指揮、9月15日に第1陣を上陸させたあと、9月29日までにソウルを奪還、戦局を転換させるきっかけとなった。いま、その仁川の中心、かつて日本など外国人居留地があった山の上の公園、その名も「自由公園」の真ん中には、ダグラス・マッカーサー将軍の銅像が立っている。その銅像の献辞には「正義に境界はなく(no boundary in justice)、その戦いのためにはいかなる障害も、隔てる海や山もない。正義の精神において(in the sprit of justice)、自由世界の大義のために戦って勝利し、人類の感謝と賞賛を得たのが、この像の人物である」とある。習近平の正義は、せいぜい朝鮮半島を含め中国大陸だけに通じる正義かもしれないが、マッカーサーの正義は、それこそ境界はなく地球規模のものであることを強調している。

それにしても、「中国人民志願軍」と言う名の正規軍に19万7000人もの犠牲者を出した毛沢東にいかなる正義や大義があったというのだろうか。そして、結果的に朝鮮半島の分断を固定化させ、北朝鮮を独裁国家として孤立させたスターリンや金日成にいかなる大義があったというのか。そしてまた、仁川上陸作戦後、北朝鮮軍を38度線の北側まで追いやった時点で、国連決議に従って終戦に持ち込めば良かったのに、李承晩の野心に乗せられて鴨緑江まで攻め上げることになり、結局、中国軍の介入に「大義」を与え、泥沼の戦闘のなかで国連軍側に4万人以上の犠牲者を出したマッカーサーにもいかなる正義と大義があったというのだろうか。双方がともに「正義」という言葉を口にした時点で、この戦争がいかに不正義で、いかがわしく、大義もなく、戦うに値しない戦争であったかを示している。

ところで、中国が朝鮮戦争を「抗米援朝戦争」というとき、そこに韓国の姿はなく、韓国軍の戦いはいっさい存在しないことになっている。「抗米援朝70周年記念大作」と銘打って作られた中国映画『金剛川』が最近、公開されたそうだが、映画の中身は、ただ中国軍の犠牲と死闘に焦点を合わせ、結局、そうなったのも米軍の侵略のせいだというメッセージしか伝えていないという。つまり彼らの描く「朝鮮戦争」には、北朝鮮軍も韓国軍も存在せず、中国とアメリカの戦争という視点しかないということになる。なぜ今、そんな映画を作り公開するのかと言えば、それは経済でも先進技術でも軍事でも、鋭く対立している米中関係があるからだ。抗米援朝のころと同じようにアメリカに勝つ、という雰囲気を盛り上げ、中国国民にアメリカへの敵愾心をかき立てる、そういう目的がある宣伝映画だからだ。

朝鮮戦争に参戦する際、毛沢東は、韓国軍を「偽軍」と呼び、装備も貧弱で練度も低い「偽軍」をまず粉砕せよと檄をとばしたという。「偽軍」という呼び方は、まるで「不正義の軍」とでも言っているかのように聞こえる。習近平は、アメリカの侵略から祖国を守る「正義の戦い」だと公言した。

これに対して、韓国政府はほとんど反論らしい反論をしていない。国防部長官が国会の答弁で「同意できない」と発言した程度で、青瓦台は沈黙を保っている。

韓国は、日本に対しては何事につけ、狂った犬のようにキャンキャン喚き騒ぐが、中国に対しては初めから尻尾を巻いて何も言えないし、言おうともしない。

日本の首相が靖国神社に真榊を奉納しただけで、駐韓大使を呼びつけて抗議し、自国の戦略物資の管理を徹底するために輸出管理を厳格化しただけで、全国民に不買運動など日本ボイコットを呼びかけて大規模デモを仕掛ける対応とは大違いだ。

福島第一原発から出る処理水の海洋放出について、国際社会と協力して断固阻止すると韓国は気勢をあげていたが、反対しているのは韓国一国だけだと分かった、というニュースをKBSが伝えていた。驚いたのはこのニュースの中で、「中国は、自国の東海岸に密集する原発から大量の処理水を放出していて、日本政府の方針に強く反対できる立場ではない」とさらっとコメントしていることだ。中国の原発からもっとも近く、トリチウムを含んだ処理水をもろに大量に浴びているのは対岸の韓国だが、放出をやめろ、とはいえない。言えるわけがない。自分たちの原発からも、福島に保管している何百倍ものトリチウムを大量に放出しつづけているからだ。福島の処理水に文句を言うのであれば、自国の原発や中国の原発からの放出を今すぐに止めさせてから文句を言うのが筋というものだ。

KBS日本語放送10/26「日本政府の処理水海洋放出の方針 反対表明は韓国だけ」

そればかりではない。韓国は、日本海を「東海」だと称し、その呼称を世界各国や国際機関が使用するよう膨大なエネルギーを使って広報活動を進めている。ところが、中国にとって「東海」とは「東シナ海」や「黄海」のことであり、日本海はそのまま「日本海」として表記している。これについて中国駐在の張夏成(チャン・ハソン)韓国大使は、韓国国会の監査報告で、「中国の地図では、韓国が『東海』と呼ぶ海域は『日本海』と表記している」と答え、これについて中国に抗議したり何らかの行動を起こしたりするという考えは何も表明しなかった。当然だろう、かつて自分たちの国名を「朝鮮」と決めてもらったほどの宗主国様に、地名ごときで文句などいえるわけがない。

WTO事務局長選びで、最後に残った韓国とナイジェリアの候補についても、中国はナイジェリアの候補を推し、韓国の国を挙げての要望にはついに応えてくれなかった。これも当然と言えば当然で、中国が国連の中でアフリカ諸国という大票田を味方につけるためには、ナイジェリアの候補を支持することは初めから分かり切っていた。中国に期待する韓国のほうが、国際感覚が狂っているというしかない。

ところで、習近平が朝鮮戦争、彼らに言い方に従えば「抗米援朝戦争」について、アメリカの侵略に対抗する「正義の戦争」だったとする一方、韓国と韓国軍についてはいっさい言及せず、無視する態度は、韓国にとっては大いなる恥辱のはずだが、韓国文在寅政権は何も言わない。ソウルの国立墓地顕忠院には、朝鮮戦争で戦死した兵士17万柱が葬られている。負傷者を含めた韓国兵の犠牲は99万人と言われ、民間の犠牲者は150万人とも言われる。これだけの犠牲者を出したのも、中国軍の参戦とその後の泥沼の戦闘があったからだ。韓国にとっては、いわば「歴史の否定」にも等しい習近平の発言について、文在寅政権は何も言えない。

実は、抗米援朝戦争は正義の戦争だったと中国に言われ、韓国がそれを否定できないのは、韓国にとっても朝鮮戦争のどこに正義があったか、いまだに定まっていないからだ。

何と言っても「朝鮮戦争での戦闘の90%は中国軍との戦いだった」と証言し、釜山まで追い詰められた韓国軍を反転攻勢に転じさせ、逆に鴨緑江まで北朝鮮軍を押し返した韓国軍の英雄、白善燁(ペク・ソンヨプ)将軍が今年7月、99歳で死去したとき、満州国軍官学校を卒業した親日派だという理由で、ソウルの国立墓地への埋葬を拒否した。

本ブログ「国立墓地から親日派を排除せよ 韓国は古代迷信国家?」参照

その一方で、朝鮮義勇隊を組織して独立運動に参加し、臨時政府の軍務部長を務める一方、戦後は北朝鮮政権の樹立に参加し、国防相まで務めた金元鳳(キム・ウォンボン)の功績を文在寅政権は讃え、勲章を与えようという議論まで出たことがある。

そもそも歴史の評価さえ、定まらないから、何が正義か、など、自分たちにも分るはずがない。哀れな国だ思う。

ソウルの国立墓地「顕忠院」



富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

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