『ウソで始めた戦争』というのが真実であり、今回のウクライナ戦争を言い当てるのにもっとも適格な表現であることを、5月9日「戦勝記念日」のプーチンの演説で改めて確認することができた。『ウソで始めた戦争』とはウクライナのクレバ外相が、プーチンの演説を聴いて発した言葉だ。
軍事専門家など識者によっては、今回のウクライナ戦争はもはや「第3次世界大戦」レベルの戦争だという人もいる。しかし、プーチンが世界を巻き込んで起したこの戦争にいかなる大義があるというのか。
対独戦争の勝利を記念する5月9日の戦勝記念日の演説で、プーチンは、「われわれの責務は、ナチズムを倒し、世界規模の戦争の恐怖が繰り返されないよう、油断せず、あらゆる努力をするよう言い残した人たちの記憶を、大切にすることだ」とした上で、「ロシアは常に、平等かつ不可分の安全保障体制、すなわち国際社会全体にとって必要不可欠な体制を構築するよう呼びかけてきた」とし、「去年12月、われわれは安全保障条約の締結を提案した」が、「NATO加盟国は、われわれの話を聞く耳を持たなかった。つまり実際には、全く別の計画を持っていた」と主張する。
そして「ドンバスでは、さらなる懲罰的な作戦の準備が公然と進められ、クリミアを含むわれわれの歴史的な土地への侵攻が画策されていた」と主張した上で、「キエフは核兵器取得の可能性を発表していた」とさえ発言した。
つまり、最初に侵攻を仕掛けたのはロシアではなく、NATO側だと主張し、プーチンがこの戦争で核兵器の使用に言及する以前に、ウクライナのほうが核兵器保有を画策していたというのだ。
そして「NATO加盟国は、わが国に隣接する地域の積極的な軍事開発を始めた。このようにして、われわれにとって絶対に受け入れがたい脅威が、計画的に、しかも国境の間近に作り出された」とし、ウクライナでは「軍事インフラが配備され、何百人もの外国人顧問が動き始め、NATO加盟国から最新鋭の兵器が定期的に届けられる様子を、われわれは目の当たりにしていた」と一方的に論断する。
そして戦争に踏み切った理由について「危険は日増しに高まっていた。ロシアが行ったのは、侵略に備えた先制的な対応だ」とし、「それは必要で、タイミングを得た、唯一の正しい判断だった」と言い放った。
要するに、プーチンのロシアは国際社会の安定にとって必要な安全保障体制を提案したのに、NATO側が聞く耳を持たず、逆に戦争に向けて準備を加速・拡大したのはウクライナとNATO側であり、ロシアはそれに対抗するためにやむを得ず戦争に踏み切ったと言いたいのである。
こんなウソは、情報が制限されたロシア国内の人々には通用するかもしれないが、開戦から今までの一部始終の経過を、テレビ画面を通して目撃し、民間人の殺害や、学校、病院、一般住宅などへの無差別攻撃の実態を,この目で目撃してきたわれわれを納得させることも、世界の人々を説得することもできるわけがない。ウクライナ側が侵攻を準備していたというなら、2月24日のロシアの侵攻開始の日から、なぜ多くのウクライナ国民が大慌てで国外に脱出することになったのか?ウクライナ軍の侵攻を防ぐというのなら、戦闘に関係のない女性や老人など民間人を殺害し、住宅や学校など民間施設をなぜミサイル攻撃する必要があるのか?
ところでプーチンは演説で、第2次世界大戦における「独ソ戦」のことを「大祖国戦争」と呼び、「ロシアには、大祖国戦争の影響を受けていない家庭はない。その記憶は薄れることがない」と語った。どの家にも、「大祖国戦争の英雄」として死んだ親族の写真、「永遠に年をとらない亡き兵士たちの写真」がある、というのだ。
プーチンは、「われわれは、征服を許さなかった勇敢な戦勝者の世代を誇りに思い、彼らの後継者であることを誇りに思う。」とした上で,冒頭にも紹介した「われわれの責務は、ナチズムを倒し、世界規模の戦争の恐怖が繰り返されないよう、油断せず、あらゆる努力をするよう言い残した人たちの記憶を、大切にすることだ」と続ける。
同じことは、日本でも言える。この話を聞いて、故郷にある墓地の風景を思い出した。田舎の墓地で、ひときわ大きくて立派な墓石を持つのが、日清・日露の戦争に出征し戦死した先祖や、名誉ある陸軍の近衛聯隊に所属した将兵の墓だった。祖国のために命を落とした英霊には、それだけの礼遇で応えるという伝統は日本にも確かにあった。
そして、大祖国戦争と名づけるぐらいに、独ソ戦の大義は、祖国を侵略するナチス・ドイツから、祖国を、家族を守ることだった。そして、ウクライナの人々にとって、今回のプーチンの戦争は、まさに独ソ戦におけるヒットラーの役割をプーチンが担い、民間人に対する乱暴狼藉の数々は、プーチンのロシア軍がナチス・ドイツの役割は担ったことを証明している。
プーチンは演説で、「われわれは、祖国への愛、信仰と伝統的価値観、先祖代々の慣習、すべての民族と文化への敬意を決して捨てない」とも語っている。同じことは、ウクライナにも言えるので、そこに大義はない。むしろ、祖国を守り、民族の文化と伝統的価値観を守るという大義は、ロシア軍の侵攻を果敢に食止めているウクライナ軍側にこそある。
プーチンは「兵士や将校、一人ひとりの死は、われわれ全員にとって悲しみであり、その親族と友人にとって取り返しのつかない損失だ」と述べ、「戦死者や負傷者の子どもたちを特別に支援する」。「負傷した兵士や将校が速やかに回復することを願っている」とも語っている。つまり、ウクライナ侵攻で、ロシア軍の側にも大きな損害が出ていることを認めているのだ。戦死した将兵や負傷した兵士に対し、戦争を起したプーチンの「大義」はどこまで通用し、説得力を持つのだろうか。犠牲者が増えれば増えるほど、プーチンのウソの弁解は苦しくならざるをえないだろう。
ウクライナの国境を確定したのはレーニンだった。ウクライナ西部はもともとドイツ語圏だったし、ロシア語を喋る人、ウクライナ語を喋る人が暮らす地域を含めて一括りにして、レーニンは国境線を引いた。またウクライナ共和国にさまざまな自治権を与えたのはスターリンだった。それによってソ連崩壊の後には、それぞれの共和国が大きな権限をもって独立した。その際、各共和国の国境線の問題を持ち出したら収拾がつかなくなるので、国境線の問題には手をつけないという約束があった。その合意をひっくり返したのがプーチンだった。やはり、プーチンには戦争に訴える大義がないので、ウソにウソを重ねなければならないのである。
ところで、欧米や日本を中心にしたG7の先進各国は、ロシアに対する制裁など、足並みを揃え,プーチンに圧力を掛けているが、G20や国連加盟国の半数は、ロシアに対する反対を表明していない。
中国は、ロシアのウクライナ侵攻を他人事とは見ずに、国際社会の反応を含めて真剣にその成り行きを見守り分析しているはずだ。将来の台湾侵攻の大きな参考になるからだ。台湾侵攻で中国が成功するためにも、ロシアのウクライナ侵攻は何がどうあっても成功して貰わなければならないと思っているはずだ。そのため中国は背後で静観しているなどということはなく、陰に陽にプーチンに助け船を出していることは間違いない。北京冬期五輪開幕式にプーチンがわざわざ出席したのは、その約束を取り付けるためだろう。
いずれにしても、ロシアのウクライナ侵攻によって世界の力関係は世界史的レベルで大きく変わってしまった。多くの国がプーチンのロシアを相手にしなくなり、ロシアは今後は衰退の道を辿るしかない。そしてプーチンは戦争犯罪者として国際法廷で裁かれることになるのは間違いない。今後の中国による台湾侵攻や北朝鮮の金正恩の暴走を押さえるためにも、世界と人類は今回のプーチンによる戦争犯罪は決して許してはならない。
あわせて、ロシア、韓国・北朝鮮、中国という反日国家をすぐ隣りに抱え、いつウクライナと同じような状況に陥るか分からない日本にとっては、外交における気概はもちろんのこと、侵略や軍事挑発は許さないという防衛の実力もしっかり備える必要がある。憲法問題や防衛問題で地に足のついた現実的な議論を今すぐに始める機会だろう。
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