米国の中国人留学生締め出しは、日本にとって「対岸の火事」ではない

当ブログでは引き続き、中国人の海外脱出と日本への定住問題について論じてみたい。前回は中国知識人の東京への関心と集結、「大学の国際化」を旗印に中国人留学生に多くを頼る日本の大学経営などについて触れた。

日本と米国における中国人留学生の推移

ところで日本には、どれだけの中国人留学生がいるのか、その具体的な数字を見ておきたい。日本学生支援機構JASSOの「外国人留学生在籍状況調査」によると、日本語学校を含む中国人留学生の総数と留学生全体に占める中国人の比率(括弧内)は、2019年が12万4436人(39.8%)で人数ではこの年がピークだった。その後、新型コロナの影響で日中間の渡航が制限された影響もあって、2020年は12万1845人(43.6%)、2021年は11万4255人(47.1%)、22年は10万3882人(44.9%)と減少し、再び増加に転じた2023年が11万5493人(41.3%)だった(いずれも各年5月1日時点での数字)。

日本にいる各国からの留学生全体では2023年は27万9274人で、前年より4万8128人(+20.8%)増加したが、中国人留学生の増加は1万1611人(+11.2%)に留まっている。中国人留学生はコロナ禍前のようなに増加ペースが戻ったわけではないが、それでも全体の4割以上を占め、その存在の大きさに変わりはない。

一方、米国の場合、2020年の時点で、全米には37万人の中国人留学生がいて留学生全体で中国人が占める割合は34%だった。しかし2021/22年度には29万人(30.6%)、2022/23年度は28.9万人(27.4%)と、この数年間で中国人留学生の数は8万人あまりも急減し、コロナ禍後も前の状態には戻っていない。これに対して、中国人に次いで数の多いインド人留学生は2022/23年時点で26.9万人(25.4%)、前年より6.9万人(+35%)も増えていて、中国人留学生とは好対照を見せている。<Opendoors Fast Factsよりデータ参照>


トランプ政権は中国人留学生の抑制に踏み切った

実は、米国で中国人留学生が急激に減少したのには、理由がある。中国製品への高関税賦課など対中デカップリング(切り離し)政策をとったトランプ政権時代に、米国政府は中国人留学生に対する入国規制に踏み切ったからだ。

トランプ大統領は2020年5月29日、大統領令(Proclamation 10043)に署名し、中国人民解放軍に関係する大学の学生や研究者に対して、F-Visa(学生ビザ)やJ-Visa(学術研究交流ビザ)の発給を禁止する措置をとった。その結果、その年の9月まで、兵器開発などで人民解放軍と関係が深い北京航空航天大学や北京理工大学、ハルピン理工大学、南京理工大学など中国の8大学に所属し、米国に留学していた学生310人について、米国での修学ビザが剥奪されたほか、新規に米国への留学を計画していた学生など、少なくとも3000人の中国人が影響を受けたといわれる。

さらに共和党の上院議員からは、理系の中国人留学生をすべて入国規制すべきだとする提案が出され、2020年7月には中国共産党の党員(国内総数は9200万人)とその家族の入国規制が検討されていると報じられた。

これについて中国外務省の王文斌報道官はことし(2024年)1月、「米国は、合法的で有効な身分証明書とビザで米国内を旅行する中国人学生を猥(みだ)りに抑圧し、虐待している。 学生の中には取り調べを受け、監禁され、自白を強要され、正当な理由もなく強制送還されたものもいる。米国は、過去数カ月間にわたって、米国に到着した学生を含む数十人の中国人を毎月、強制送還している。これは選別的かつ差別的、政治的な動機に基づく法執行であることは明らかだ。われわれはこれに強く抗議し、断固反対する」と述べている。

<新華社24/01/04「米国は国家安全保障を名目にした中国人学生へのイジメと制限をやめるべき」>

中国外交部報道官がことし初めに発した談話から分かることは、トランプ前政権でとられた中国人留学生の入国制限措置はバイデン政権になっても踏襲されているという事実だ。


米国で閉め出された中国人留学生が日本へ来ている

ところで、米国における中国人留学生問題は日本にとって、決して「対岸の火事」ではないと言われている。というのは、アメリカが中国軍関係者や理系の学生などの受入れを拒否したことで、中国人の留学希望者はその代替の留学先として日本を選び、やってきているからだ。そして、今後もその数が増えることが予想され、日本の大学や研究機関が持つ機微情報の流出への懸念が高まっている。プリンストン大学大学院の寺岡亜由美研究員によると「日本ではすでに『外国為替及び外国貿易法』に基づき、理工系の大学や学部に対して外国人留学生受け入れの適切な基準を示すなど、機微技術管理の対策を講じているが、その対策はいまだ十分に浸透していない。日本の国立大学、医歯薬理工系学部を置く公立・私立大学を対象にした2018年の経済産業省の調査によれば、輸出管理の担当部署や内部規定を設定している大学はまだ半分程度だ。内部規程のない大学では外国人留学生・研究者受け入れ時点で安全保障上の審査を行っているのはわずか6%にすぎなかった。ここ数年における中国人留学生の急増および国際情勢の変化を受け、こうした抜け穴を早急に埋める必要がある。」(引用終わり)と警告する。

東洋経済ONLINE 2020/08/24 寺岡 亜由美/プリンストン大学 国際公共政策大学院「アメリカの『中国人留学生外し』が示す深い確執 留学生大国目指す日本にも対岸の火事ではない」


海外でも監視され発言の自由を奪われた中国人留学生の実態

米国における中国人留学生の規制が決して「対岸の火事」ではないというのは、前述のとおり、留学生全体に占める中国人留学生の割合は、直近のデータで、米国は27.4%に対し、日本は41.3%となっていて、その割合と存在の大きさは、もはや米国の比ではないということも理由の一つだ。しかも、寺岡亜由美氏によると、都内の大学に置かれた中国人の学生団体は2018年の72団体から2020年には94団体にまで増加したといわれる。彼らは、一朝有事のときには祖国のために働かなければいけない「国家総動員法」の対象であり、外国人や国外での活動についても適用されるという「反スパイ法」や「香港国家安全維持法」に縛られた人たちでもあるからだ。

またアムネスティ・インターナショナルの調査によると、中国や香港出身の留学生が北米や欧州で人権問題に関する集会や活動に関わった場合、その家族が中国当局から脅迫や報復を受ける事例があると報告されている。たとえば、ある女子学生の場合、集会に参加した数時間後には中国国内の両親から電話があり、公安が自宅まで来て「集会参加は祖国に恥をかける行為だ」と警告され、「両親のパスポートを剥奪する、娘への仕送りを止めろ」などと脅されたという。つまり中国人留学生は、海外にいても誰かがどこで監視し、密告するという体制に置かれ、彼ら彼女らは大学の授業やゼミで自由に発言し、討論に自由に参加することもできないという不自由さの中にある。アムネスティ・インターナショナル日本支部は、こうした中国人留学生の置かれた状況について、仮に日本でも同じような事態が発生したとしたら、発言の自由を奪われた中国人留学生を日本の大学が抱えること自体が、席を同じくして共に学ぶ日本の学生にとっても、自由闊達な学びの場が奪われるという意味で、「学問の自由」や「言論の自由」の侵害ではないかと指摘する。


アメリカに大量流入する密入国中国人の群れ

トランプ前政権で始まった中国人留学生に対する「ヒト・デカップリング」の動きだが、実は、バイデン政権になってメキシコ国境地域での移民取締りが緩和されたことで、アメリカへの密入国を目指す中国人が急増していて、中国人留学生とは別の問題を起している。

アメリカに密入国する彼らは、中国を脱出してタイやトルコを経由したあと、入国ビザが不要な南米ベネズエラに入り、現地のマフィア組織に金を渡し、彼らの手引きでパナマやメキシコのジャングル地帯を踏破し、アメリカとの国境の川を泳いで渡り、ようやくたどり着くというまさに命がけの旅である。彼らは、中国脱出からアメリカ密入国まで数か月から年単位の歳月を要し、その間の家族全員分の渡航滞在費やマフィアに渡す金もあるのだから、富裕層に属する人たちであり、中国を脱出できる能力があるというだけで、特権階層だといっていいだろう。しかし最近では、密入国者の列には、富裕層とは言えない低所得者層も多く含まれるという。要するに、金持ちも貧乏人も関係なく、何がなんでも中国を脱出しようと皆が必死になっていることがわかる。

彼らのそうした密入国の様子はVOAが取材した以下のYoutube動画でつぶさに見ることができる。それらの動画の中には、国境の手前の幅20メートルほどの川を50~60代と見られる中国人女性が必死に泳いでわたる様子を、えんえんとその一部始終捉えた映像がある。この女性がどういう思いでアメリカを目指し、何に突き動かされてこんな危険な行為に挑むのか、想像も及ばず言葉にもならなかった。

VOA 美国之音中文网「中文大批中国移民从美墨边界越境涌入美国」(大量の中国移民がメキシコ国境を越えて米国に流入)>

同「都是为了进美国 中国大姐奋勇渡河」(アメリカに入国するため、中国の老女、川を渡る)

同「中国走线客:“即使死在路上也值了”」 (中国密入国者:“路上で死んでも価値がある")

同「拖家带口“润”美 走线客:“雨林风险大,国内风险更大”」(家族で中国脱出の密入国者"熱帯雨林のリスクは大きいが、国内のリスクはもっと大きい")


中国の将来に絶望するきっかけは「ゼロコロナ政策」だった

いずれにしても、彼らが中国を脱出し、アメリカや日本を目指そうと決意したきっかけとなったのは、明らかに習近平が行った「ゼロコロナ政策」であり、人権無視の監視抑圧社会の強制だった。

東京財団政策研究所主席研究員の柯隆氏は近著の『中国不動産バブル』(文春新書2024年4月)で以下のように記述している。

(以下引用)「ゼロコロナ政策を実施する現場では、1人の陽性者が見つかったら、エリア全体のすべての人を専用の施設に強制的に閉じ込めるなど暴力的な行為が多々あった。隔離施設に連れて行かれた住民の家には、医療関係者や警察官とみられる人たちが許可なく侵入し、家中に消毒液をまき散らし、ペットも手当たり次第殺処分してしまった。(中略)中国のエリート層は政府に対し不信感を抱き、コロナ禍が終息する前に自宅マンションを含めて保有する物件をすべて売りに出し、海外へ移住した。(中略)彼らは祖国というより、共産党統治体制に心から絶望したのだろう。(略)コロナ禍の3年間は、中国が40年にわたり築いた経済の奇跡と人々の幸せな生活を一変させ、すべてを壊してしまった。」(同書p120~122、引用終わり)

2023年に日本に移住した中国国営メディアの元記者は米メディアのインタビューに対し、「これまで政府の政策を宣伝し、豊かさと成功を享受してきたが、ゼロコロナ政策を見て考えががらりと変わった。職位とカネ、人脈があっても基本的な旅行の自由や生活需要さえ満たせないという点に絶望した」と話している。

また2年前、小・中学生の子ども2人を連れて日本に移住した中国人男性は現代ビジネスのインタビューに「子ども2人をいずれもインター校に通わせるだけの余裕があったが、ゼロコロナ当時、マンション団地の封鎖で家族全員が飢えに苦しみ、移民を決心した」と語っている。

朝鮮日報5月29日「地位とカネがあっても脱出…中国の資産家が日本に移住する4つの理由」

「ゼロコロナ政策」の不条理こそ、中国共産党の一党独裁体制の非人道的性格を余すところなく晒す結果となり、この国に未来はない、と多くの人々に絶望を与えたのは間違いない。いま中国が抱える不動産バブル崩壊と中国人の国外脱出は、習近平の「ゼロコロナ政策」失敗の明らかな「後遺症」であり、それに対する「治療法」は習近平指導部はいまだに打ち出せず、たぶん今後も永遠に見いだせないかもしれない。

富士の高嶺から見渡せば

大学で中国語を専攻して以来、半世紀にわたって中国・香港・台湾を見続け、朝鮮半島にも関心を持ち続けてきました。これらの国との関係は過去の歴史を含め、さまざまな虚構と誤解が含まれています。富士の高嶺から、雲海の下、わが日本と周辺の国々を見渡せば、その来し方・行く末は一目瞭然。霊峰富士のごとく毅然、敢然、超然として立てば、視界も全開、隣国を含めて同時代の諸相に深く熱く切り込めるかもしれません。

0コメント

  • 1000 / 1000